第一章 崩壊の前夜

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一、 「本当に感染してたんですか? 何かの間違いじゃないんですか? 」  それまで血色の良かった四十代男盛りの顔が瞬く間に蒼ざめた。薄っすらと額に冷や汗も浮かび上がっている。 (確かこの人はススキノ狸小路(たぬきこうじ)で居酒屋を経営していた人だったわね。細心の注意を払ってきたんだろうけど、お気の毒に…)  原田恭子(はらだきょうこ)は、男には見えないように背を向けながらため息をついた。 傍らで医師が抗体検査キットを唸りながら見つめていたが、やがて顔をあげた。 「IgG抗体が陽性です。いつの段階かは分かりませんが、数週間から数か月前に新型コロナウイルスに感染しています」 「…ってことは、先生。このひどいだるさと微熱が続いているのは…」 「新型コロナ後遺症と見て間違いないでしょう。いや、ともかく早めに気づいてよかったと考えるべきです。ひどくならないうちに手を打っていきましょう」  項垂れる男を元気づけようと、医師は努めて明るい声をかけた。   「そんな…私、ワクチン接種だってちゃんと二回済ませているんですよ。それなのにコロナだなんて…」
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