2人が本棚に入れています
本棚に追加
西暦2160年。日本では医療技術が大きく発達し、死んだ人を蘇らせることが可能になった。
その技術を使う権利は国民全員に与えられ『蘇生権』と呼ばれている。
そして2280年。蘇生権ができて以来最悪の事件が起こった。
それが『神奈川蘇生後殺人事件』である。
「わかんないことあるやつ居るか?」
せんせ~と気の抜けた声。
「蘇生権ができる前ってみんな事故って死んだらどうしてたんすか?」
「ううん…どうだろうな、先生が生まれたころにはもうあって当たり前だったしなあ…。」
別に今よりずっと昔のことを覚えたってどうしようもないし、つまらないなと思って窓を見ようと横を向く。しかし目に入ったのは爽やかな風が吹きどこまでも高く見える空ではなく、顔が青ざめ目の焦点はどこに合っているかもわからないクラスメイトの姿だった。思わず俺は声をかけてしまった。
「おい、大丈夫か。」
幸いにも教室は話が盛り上がったのか騒がしく、自分が声をかけたことは誰にも気付かれていなかった。
「大…丈夫かな…多分。」
どう見ても強がりで言ったその言葉がひどく心配になって保健室に連れて行こうと思ったその時、授業終了のチャイムが鳴った。
起立、礼、ありがとうございました。
隣から、バタリと倒れる音がした。
そこからはまるで自分が世界に置いていかれたかのように時間が進むのが早かった。女子の甲高い叫び声。こっちに駆け寄ってくる先生。保健の先生を呼ぶために教室を飛び出した友達。
でも隣にいた俺はただ突っ立ってることしかできなかった。
放課後になってから俺は保健室に呼ばれた。呼ばれてすぐに倒れる前に何か聞いたりしなかったかと聞かれた。何も知らないと答えた。なぜかあの強がって出ただろう言葉を秘密にしていたくなった。
「そうか。なら、話し相手にでもなっていてくれ。」
困ったような笑顔をして先生は保健室を出て行った。
ベッドのほうを見るとアイツは起き上がってこちらを見ていた。
「具合どうよ。」
何を話せばいいかよくわからない。
「さっきよりは大分いいよ。さっきは心配させてごめんね。」
「いや別に。俺なんもしてねえし。」
話がなかなか繋がらない。
そうだ名前。名前を聞いたら少しは話がしやすいかもしれない。
「えっと…俺、お前の名前知らない…から教えて欲しい。」
申し訳なくて俯く。そしたら笑い声が聞こえた。アイツが笑ってた。
「そっか僕、君と違って地味だもんなあ。」
笑われたのが恥ずかしくて顔が熱い。
「火野貴志。呼び方は火野でも貴志でもどっちでも。」
俺もと思い、話そうとするとそいつはいたずらっ子みたいにニコッと笑って
「鳥飼和也くん、でしょ。君有名だもん。」
名前を知られていたことに対してか、笑顔につられてかはわからないけど自然とこっちまで笑いがこみあげて来てしまった。
それからほんとにつまらない話をたくさんした。あの先生は実はカツラなんだとかあの教室には隠しロッカーがあるんだとか、そんな他愛ない話。
「ねえ、僕が授業中に苦しんでたの内緒にしてくれないかな。なんか発作とかそういうやつなんだ。」
「お前結構強がりだな。」
安心しろって。先生にも誰にも絶対言わねえよ。
ホントにお願いね。
「なんだ二人で楽しそうに。先生も混ぜてくれよ。」
お互い少し目を見た後。
「「先生はだめ(です)!」」
きっと明日から火野と一緒に今みたいにくだらない話をして笑い合うんだって思ってた。そう思ってたんだ。
「歩いて帰れますから大丈夫ですよ。」
「そうか?ならいいが…」
さようならと帰りの挨拶をして二人で帰路に着く。帰り道もほとんど一緒だった。
「あ、猫だ。見ろよ火野、猫がいる。」
「本当だ。触らせてくれないかな。」
火野が猫に向かって走っていく。危ないぞと言おうとした瞬間前から車が突っ込んできた。
火野は車に撥ねられた。俺の目の前で、猫と一緒に。足がようやく動いた。
「…火野!おい起きろって!おい!」
動かない。血が流れて止まらない。呼吸を、していない。
死んだ。火野が死んだ。さっきまで一緒に笑ってたのに。
どうしよう。どうしたら。
そうだ、蘇生権。
俺は携帯を取り出し、救急車を呼んだ。一分も経たないうちに救急車は来た。
「どうしましたか。」
「友達を生き返らせてください。蘇生権が俺にはあります。」
「ではこれにサインを。」
自分の名前なんか書きなれているはずなのに焦って上手く書けない。急がないといけないのに。
「焦らないでください。友達は必ず生き返りますから。」
サインをした紙を救急隊員に渡す。一緒に乗ってくださいと言われたので俺も乗り込む。猫の死体と火野の血だけがそこに残された。
数時間後、蘇生室から火野が出てきた。安心した俺が声をかけようとすると火野は俺を見るなり叫んだ。
「どうして僕を生き返らせたんだ!どうして僕を家族の所から連れ戻したんだ!」
何でこいつは怒ってるんだ?だって死んだら生き返らせるのが普通じゃないのか?家族ってどういうことだよ。
そこで俺はハッとした。こいつは授業中に蘇生権のことで嫌なことを思い出したりしたんじゃないか。それであんなに顔色が悪くなって倒れたんじゃないか。しかもこいつの家族はきっと。
「俺はなんてことを…ごめん火野…ごめん俺は…」
「和也くん違うんだ…僕も取り乱して…」
火野はそう言って謝ろうとする。
「火野!違う俺が悪いんだ!俺が…。なんでもする!許さなくてもいいから俺に償わせてくれ!」
俺はこいつの幸せを俺の都合で取り上げてしまった。一生をかけてでも償わなきゃいけないだろう。
「わかったよ和也くん。じゃあお願い聞いて。僕のこと、君の手で殺して。」
光のない目でそう言い放った火野に俺は逆らえなかった。逆らおうとも思わなかった。
近くにあったパイプ椅子を持ち、それを俺ら以外誰もいない待合室の中心で火野の頭に振り下ろした。
何度も。何度も何度も何度も。火野は痛いだろうに最後までずっと笑っていた。幸せそうに笑っていた。火野の頭の形がわからないくらいぐしゃぐしゃになった頃に医者がひとり来た。医者は情けなく叫んだあと警察に通報した。
俺はというと、パイプ椅子をその場に降ろし、持っていたハンカチを火野の顔にかけてやった。そのあとすぐに来た警察に俺は捕まった。事情聴取にはなにも答えなかった。
裁判で俺に伝えられたのは死刑だった。俺は結果を受け入れた。
『神奈川蘇生後殺人事件』と名付けられたこの事件の真相は俺しか知らない。
それがアイツに対する俺なりの最後の償いだと思ったから。
今から俺は処刑される。
目隠しをされて何も見えないはずなのにあの時の猫の死体がずっと見えているような気がした。
最初のコメントを投稿しよう!