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俺は金持ちだ。
生まれてこのかた、金に困った事は一度も無い。
ひとえに、父親の遺した財産のおかげだ。
複数の持ち会社が儲ける利益は、莫大な収入となって俺の懐に入ってくる。
当然ながら暮らしも裕福だ。
プールが三つもある豪邸に、二桁を越える数の使用人。
宴会場のようなプライベートルームには、プロレスのリングほどのベッドが設えてある。
その上でたまに暴れるので、俺はベッドとは言わず「四角いジャングル」と呼んでいる。
いまだ独り身を謳歌している俺には、ある趣味があった。
いわゆる、コレクターという奴だ。
それも絵画や骨董品などの、ありふれたもんじゃ無い。
俺が集めているのは、非常に珍しいもの――
この世に二つとない摩訶不思議な逸品である。
時間帯により七色に変色する甲冑――
振るたびに違う音の出る鈴――
いくら汲んでも水の減らない井戸――
さすがに井戸は持って帰れないので、土地ごと購入した。
当然ながら、どれも破格の値だ。
いかに渋る持ち主も、東京ドームが買えるほどの額を提示されたら、首を縦に振ってしまう。
『この世に金で買えないものは無い』
これが俺の信条だ。
どの品も原理など分からないし、分かりたいとも思わない。
珍しいものは、不思議だから価値がある。
それを自分が持っていると思うだけで、ゾクゾクする。
俺はこのゾクゾク感を得る為なら、金など少しも惜しくはなかった。
なんとしても手に入れてみせる。
実は今、密かに狙っているものがあった。
先日、裏町の寂れた骨董屋で見つけたものだ。
それは奇妙な形をした壺だった。
普通壺と言えば、胴体部分の膨らんだ、太ったバアさんのような形をしているもんだ。
だが、こいつは違う。
三角ジョウロのような口に、管のような胴体――
しかも長い胴体は途中で一回転して曲がっている。
パッと見は、昔流行った『くるくるストロー』にそっくりだった。
「それ、間違いなく壺じゃよ」
首を捻りながら眺める俺に、ボソッと店主が呟く。
無表情の顔には驚くほどのシワが波打ち、どれが目か口か分からない。
「変わった形をしているな……何か意味でもあるのかね」
俺の質問に、店主はやはり無表情で肩をすくめた。
「まあ……あると言えば……」
「……あるのかね!?」
「無いと言えば……」
「……無いのかね!?」
「まあ……あると言えば……」
「いや、繰り返さんでいい!……一体どっちなんだ」
痺れを切らした俺の顔を、店主は無表情で見返した。
「実はそれ……【復活の壺】なんじゃよ」
「復活の……つぼ!?」
店主のその一言に、俺は過敏に反応した。
めずらしものコレクターの血が騒ぐ。
「それって、この壺の俗称かい?昔、何かの儀式に使われていたとか……」
「いやいや、言葉通りじゃよ」
「言葉通りって……」
「それを手にした者は、何回死のうと絶対に生き返る。つまり、永遠の命を授かるんじゃ」
俺は一瞬唖然としたが、すぐに苦笑いを浮かべた。
「それはまた……大きく出たな」
正直、俺は信じてはいなかった。
この手の売り文句は、百パーセント誇張だ。
おおかた、今流行りの幸運を呼ぶアイテムか、由緒ある御守りといったところか……
ニヤける俺の顔を見て、店主は徐に席を立った。
そのまま壺の前までやって来ると、片手を小さく振りかぶる。
その手には金槌が握られていた。
ガシャンっ!!
鈍い音と共に、壺は木っ端微塵に砕け散った。
「ふー」
「いや、ふーって汗拭ってどうする!?壺が割れちまったじゃないか!」
予期せぬ出来事に、俺は思わず声を荒げた。
一体何考えてんだ、このジイさんは!?
「まあ、見ててごらん」
意味深な店主の言葉に、俺は飛び散った壺に視線を戻した。
と……
俺の目はそれに釘付けとなった。
なんと!?
散らばった破片が、勝手に集まり始めたのだ。
ちりちりと虫のように蠢きながら、上に上にと積み重なっていく。
あっという間に、壺は復活してしまった。
「こ、これは!?」
俺は信じられないといった表情で、店主を顧みた。
「だから、言ったじゃろ。【復活の壺】じゃと」
俺は心底驚いた。
と同時に、何がなんでも欲しくなった。
「店主、コイツを売ってくれ。金ならいくらでも出す!」
俺は目を輝かせて、言い慣れた台詞を口にした。
店主は暫く考えていたが、やがて口を開いた。
「金はいらんよ」
「えっ……あ、あんだって!?」
俺は聞き間違いかと、間の抜けた口調で訊き返した。
「代金はいらんと言ったんじゃ。これはアンタに譲るよ」
代金も貰わず商品を渡す……
そんな店があるとはビックリ仰天だ。
よほど儲けたくないのか、それともただの変人なのか……
だがくれるというなら、拒む理由は無い。
あとで返せと言っても、知らないからな。
「それで店主……永遠の命を得るには、どうすりゃいいんだ?」
俺は最も重要な質問をした。
正直、壺などどうでもいい。
俺が欲しいのはそっちの方だ。
この壺の不思議な力は、たった今目の当たりにしたばかりだ。
こんな力があるなら、永遠の命を得られるというのも嘘ではあるまい。
あとは、その方法さえ分かればよい。
「簡単じゃよ。一晩、そいつを抱いて寝るだけでいい」
抱いて寝るだけ……
たった、それだけか?
眉をひそめる俺に、店主は親指を立てグッドラックのポーズをとった。
仕方ない。
とりあえず、言われた通りやってみるか……
俺はその晩、さっそくそいつを抱いて寝た。
オレ〜は〜♪ ツ〜ボ〜♪……ちいさな〜♪
何処からか歌声が流れてきた。
それが夢なのか現実なのか分からんが、俺は瞬く間に眠りに落ちた。
夜がふけていく……
そして
夜があけた……
目覚めると、そこは骨董屋だった。
右も左も、古びた皿や陶器で埋まっている。
なんだ?
なんで俺はこんなトコにいる!?
慌てて起き上がろうとしたが、体が動かない。
全身が金縛りにでもあったようだ。
「ほーほー、意外と早かったの」
頭上で嬉しそうな声がする。
見上げると、例の変人じいさんが立っていた。
「どうかのぉ、永遠の命を手に入れた気分は」
俺は怒鳴ろうとしたが、全く声にならなかった。
────────
ガシャンっ!!
店内に何かが砕けた音が響き渡る。
俺はそそくさと、散らばった破片を寄せ集めた。
「こりゃ驚いた」
上品なスーツ姿の紳士が目を丸くする。
「で……一体いくらなんだ」
「お代は結構。その代わり、コイツを抱いて一晩寝てくれんかの」
店主の言葉に紳士は薄笑いを浮かべた。
「……やめとこう。何か気味が悪い」
そう捨て台詞を残すと、店を出て行った。
「……オレ〜は〜♪ ツ〜ボ〜♪……ちいさな〜♪」
街路から歌が聴こえる。
先ほどの紳士のようだ。
俺は心臓が口から飛び出るほど驚いた。
あ、あの歌は!?
まさか……あのヤロウ……
俺の心中を察したように、店主が肩をすくめる。
「ほーほー……どうやらアヤツ、お前さんの前任者のようじゃの」
前任者だと!?
じゃあ俺は、まんまとアイツに騙されたという事か!
アイツが破片を寄せ集める姿に……
俺の中で怒りの炎が渦巻いた。
くそっ!!
俺はどうすりゃいいんだ?
一体いつまで、こんな事が続くんだ!
壊れては直し……
直しては壊され……
その都度、破片を拾い集めねばならない。
傍から見れば、自然に集まってるように見えるだろう。
だが実際は、俺が自分の生命力を注ぎ込んで修復してるんだ。
やっている最中は、ひどい苦痛を伴う。
おまけに、割られた時の痛みときたら……
言語を絶するというが、文字通り声も出せずに耐えなければならない。
こんな事を俺は、もう何度も繰り返している。
壊れては直し……
直しては壊され……
違う!
俺が望んだ永遠の命は、こんなものでは無い。
誰か、早く助けてくれ!
早く俺と代わってくれ!
金なら……いくら……でも……や……
怒りが鎮まると同時に、思考が混乱し始めた。
俺は……今……何を……言おうと……して……
「まあ、焦りなさんな。アンタのように金に無頓着で、変わった趣味の持ち主も、いつかは現れるじゃろうて。そう……いつかは……な」
その時初めて、店主のシワが笑うように吊り上がった。
薄れゆく意識の中、俺はくるくるストローの体を震わせるしかなかった。
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