それから

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溶かさなかったチョコジェラートは甘く、喉を焼くようだ。 「初めて会った時から、ほたるのことが好きなんだよ」 聞き間違えかと思ったが、そうではない。 「ほたるにとっては俺なんて子どもかもしれない。でも、もしよかったら、俺のことを男としてみてほしい」 なんて熱烈な告白だろう。 ほたるは今までのことを思い返していた。佑の気持ちに気が付かなかったと言えば嘘になる。しかし、契約という名の下で彼を離していたのは事実だ。 じゃあ、その契約が無効ならば? 管理人としてではなく、住人の一人としてなら?恋愛は自由なのではないか。 「ほたる……」 佑の真剣な目に負けた。 「私も、佑くんのこと、好きだよ」 「それは……男としてか?」 「もちろん」 「やった!」 大きな声で喜んでくれたので、その声が店内に響く。 「しー!」 人差し指で静かにするように伝えると、佑はうんうんと頷いた。 そのままジェラートを食べて外に出た。 「味はどうだった?」 改めて聞くと、佑はしばらく考え込んだ後 「うーん?豆?」 「確かに、似てるかも」 いい例えに笑っていると、手を取られた。 そのまま、握りこまれてつながれる。 思わず手をひこうとしたが、 「だめか?」 そんな顔で言われたら断れない。 「……だめじゃない」 「よかった」 帰りの電車の中。 佑はぽつりと話し出した。 「俺、新しい家見つかったんだ。本当は卒業するまでいるつもりだったんだけど、会社の研修があるんだ。だから年明けたら出て行く」 「……そっか」 「ほたるはどうするんだ?」 「……明日ね、また面接があるんだ。そこで決まればいいんだけど。でも、どこの会社も体を壊したことを言うと採用してくれないんだよね。やっぱり、一度だめになった人って採用しずらいよね」 佑は黙って聞いていた。そして、 「他のやつだとわかんねえけど、ほたるなら、もう大丈夫だよ」 と言ってくれた。 「そうかな?」 「最初あった時は、ものすごく細くて、大丈夫か?って思ったけど、今は元気そうに見えるし」 ちさとにも同じことを言われた。 「自分では太っちゃったなって思ったんだけど」 「そんなことない」 以前のほたるはあまり食事をとらなかった。心も体も不健康だったのだ。ほたるが健康になれたのは彼らのおかげでもある。 「今のほたるなら、俺採用しちゃうね」 「ええ、なにそれ」 言い方がおかしくて思わず笑ってしまう。佑にそう言われるとなんだか、大丈夫な気がしてくるから不思議だ。 電車を降りてアパートまでの道のり。 この道を通るのもあと少しなのだと思う。見慣れたアパートが見えてくる。 「なんか今まで一緒に住んでたけど、改めて帰る場所が一緒なのって、なんか照れるね」 何の気になしにそう言ったが、 「おま……そういうこと言うなよな」 佑の顔を真っ赤にさせるだけだった。 「ええ、ごめん」 つないだ手をゆっくり振りながら、ほたるの部屋の前まで行く。 「じゃあ、またね」 「ああ」 ほたるが鍵を開けようとしたとき、 「なあ……」 「何?」 佑がかがんで顔を近づけた。 触れるだけのキスをした。 「……朝言えばよかったんだけど、今日の服、かわいい」 ニッと笑う佑の顔は、年下とは思えなかった。 季節はあっという間に流れ、年が明けた。ほたるは早乙女さんの占い通りに就職先を見つけ、年が明けた1月中旬、佑はアパートを去った。 ほたるも予定より早く引っ越すつもりだと伝えると、ちさとも不動さんにお願いをして引っ越しの予定を早めることにした。 まだまだ寒い2月の朝のこと。 ほたるとちさとはアパートの前に立っていた。 「もう、お別れなんだね」 ちさとたちと一緒に過ごした時間も、ここでも思い出も、もう増えることはない。 「だけど、また会おうね」 「もちろん」 ほたるはちさとと約束をした。彼女のことだ。きっと毎日のように連絡をくれるだろう。 「佑とはどうなのさ」 「うまくやってるよ」 「その話も聞きたいなあ」 恥ずかしいからそれは遠慮しておきたいと伝えると、ちさとは 「じゃあ、佑から聞くからいいもん!」 と言った。それはそれで恥ずかしい。 ほたるは腕時計を見て、時間だと呟いた。 「ちょっと遠くに行っちゃうんでしょ?」 「ここからだと遠いけど、電車で行ける距離だよ。前の学校の人たちと生活圏が被らないようにしたの」 「なるほど。でも遊びに行くね」 「もちろん」 「……じゃあ、元気でね」 「ちさとちゃんもね」 バイクにまたがって先に行ってしまったちさとを見送ると、アパートは本当に誰もいない状態になってしまった。 ほたるはアパートに向かって礼をする。 「今までありがとうございました」 たくさんの人が住んできたこのアパート。そしてこの土地。 きっと誰かが見守ってくれているはずだと思った。そんな神様みたいな存在がいるのだとしたら、 「これからもみんなのこと、見守っていてください」 去っていった住人たちの顔を思い浮かべて、ほたるも歩き出した。 「あれ?今日はお出かけですか?」 駅に行くと交番から坂上さんが話しかけてきた。 坂上さんに会うのは久しぶりだった。そしてもう会うことはないだろう。ほたるがびっくりした顔をしていたからか、 「すみません、いつも朝にはお会いしないので」 と釈明される。 「いいんです。お出かけ……というか、これから新しいところで頑張ろうと思って」 「お引越しですか」 「ええ」 「そうですか、ではお会いする機会もなくなってしまうかもしれませんね」 「あの時はお世話になりました」 「いえ、こちらこそ。次の場所でのご活躍をお祈りしています」 「ありがとうございます」 坂上さんが敬礼をしてくれた。 会釈をして、その場を立ち去る。 駅のホームに着くとたくさんの人がいた。 その中に佑の姿を見つける。 「迎えに来てくれてありがとう」 「おう、荷物それだけか?」 初めてアパートに来た時に持ってきたキャリーケースとリュックサック。荷物の量はあまり変わっていない。 荷物は変わらないが、ほたるの心の中にある思い出はたくさんになったと思う。 佑はキャリーケースをもってくれ、コロコロと転がしながら電車に向かった。 「そう言えば、さっき、坂上さんに会ったよ」 「そうなんだ」 「やっぱり、坂上さんのこと嫌い?」 「別に嫌いじゃないけど、彼女から他の男の話聞きたくないかなって」 そう言うところはまだまだ可愛いと思う。 「やきもちやいてる!」 「ちがう!」 2人でわいわい話しながら電車に乗り込んだ。 今のアパートから遠いが、佑の住んでいる町には少し近い、小さなマンションの一室をほたるは借りた。 電車の席に座って、窓から流れる街並みを見ながら、これからの生活への期待に胸を膨らませる。 隣に座っている佑に少しだけ寄りかかると、優しく肩を抱いてくれた。
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