24人が本棚に入れています
本棚に追加
/48ページ
それから
佑の卒論が落ち着くのが12月の中旬と言われたので水族館に行くのはその日にした。
ちさとに日程を言うと
「佑も上手いことやるなあ」
と言われた。
「なにが?」
「だって、12月の中旬ってもう街はクリスマスじゃん。どうせデートするならクリスマスにしようって思ったんでしょ」
「えええ、まさか」
「佑だって男だよ、そこらへん考えてるって」
「……そこらへん、って?」
ほたるが首をかしげると、ちさとは目をぱちくりさせて
「はたるちゃん、やっぱり鈍いわ……」
と呟いた。
それからほたるはいくつかの企業の採用試験を受けた。
一般就職をしたことがないから、エントリーシートから面接まで、まるで佑がやっていた就活を年代遅れでしている気分になった。
以前の職場を離れた理由はどこでも尋ねられた。隠してもいいことはないので素直に言ったが、心身を壊していたというと、顔をしかめる面接官もいた。
当たり前だと思う。最近は珍しくはないかもしれないが、どうせ採用するなら健康な人が言いに決まっている。
なかなかほたるの再就職は決まらなかった。
いよいよ水族館に行く日になった。
ほたるはこの日のために新しくスカートとコートを買った。
前日にはネイルをぬって、丁寧に化粧をして冬用のブーツをはいた。
家を出ると、アパートの前に佑がいた。
就活のために染めた黒髪は綺麗なままで、グレーのコートがよく似合っていた。
「おはよう」
「……よっ」
すでに照れているようですぐに顔を逸らされた。
結構可愛くしてきたつもりなのにな、なんて一端の乙女のように褒めてほしいと思ってしまう。
2人で黙って駅まで歩いて電車に乗ること数駅、早乙女さんがいる水族館に着いた。
クリスマス前ということもあり、館内はカップルであふれていた。
「順番に見にいくでいい?最後に早乙女さんの占いの店にも行きたいな」
「……ああ」
言葉が少ないのはいつものことなので気にならないが、ここまで何も言わないと、あまり来たくはなかったのではないかとさえ感じてしまう。
とりあえず館内の案内表示に従って進んだ。最初の展示はクラゲだった。色とりどりのライトに照らされ輝くクラゲは、イルミネーションのようだ。
ふわふわと浮かぶそれらをじっと見ていると、視線を感じた。
顔をあげると、佑がこちらを見ていた。
「……なに?」
「いや……」
歯切れが悪い。
「具合悪いの?」
「そうじゃない」
「なら、何?」
「大丈夫だ……」
全く大丈夫だとは思わないが、先に進むことにした。
緊張しているのかなと思ったので、積極的に話しかけてみた。
「みてみて、ヒトデに触れるんだって!触ってみようよ」
佑の服の袖を引っ張り体験コーナーに連れて行く。
小学生くらいの子どもたちも学生のカップルもきゃあきゃあと楽しそうな声をあげてヒトデや貝に触っている。
「ほら、佑くんも触ってみてよ」
ほたるの言葉に佑はそっとヒトデを触った。
「どう?」
「……固いな」
ほたるもおなじヒトデをつん、とつついてみた。
たしかに、思っていたよりも固い。
「それにざらざらしてる」
「……ほんとだ」
ヒトデに触ることなんてないから面白い。
佑も多少緊張が取れてきたようでその後からは、
「おい、こっちにもなんかいるぞ!」
とほたるを呼ぶようになった。
チンアナゴが同じ向きを向いて伸びていたので、全部で何匹いるかを2人で数えて、大きなサメが巨大水槽の中を優雅に泳いでいるのをのんびりと眺めた。
展示も終わりに近づくころ、早乙女さんの占いコーナーが見えた。
「あら、お二人さん」
早乙女さんはまるでほたる達が今日来るのを知っていたかのように言った。
「やっぱり来てくれたね、さあ座って」
言われるがまま、腰掛ける。
「チケットありがとうございました」
ほたるがお礼を言うと、
「いいのさ。あのアパートにはお世話になったからね。あなたのおばあさんにも」
とほほ笑んでくれた。
早乙女さんはしばらく水晶を見ていたが、
「あら、まだ就職先決まってなかったのかい。管理人さんならもっと早く見つかるかと思ってたんだけどね」
と目を丸くした。
「ええ、なかなか難しくて……」
「まあ、大丈夫さ。3月までには決まると思うよ」
そして佑の方を向いた。
「あんたは……まあ、言わなくても分かってそうだからいいわ」
何のことだろうと思って彼の方を見たが、あまりに真剣な顔をしていたのでそれ以上は聞けなかった。
水族館を出ると昼過ぎになっていた。
「お昼どうする?何か食べる?」
ほたるが尋ねると、佑は
「行きたいところがあるんだがいいか?」
と聞いてきた。
もちろん、と彼のあとをついて行くと、そこはジェラート屋さんだった。
「食べに行くって約束して、なかなか行く機会がなかったから」
とまるで言い訳をする佑。
「そりゃ、行こうって約束してたからいいけど、ここジェラートしかないよ?お腹すいちゃうんじゃない?」
「いいんだ。それにあんまり食えそうにないし」
「佑くんがいいならいいけど」
そう言って、ジェラート屋さんに行った。
「いらっしゃいませ、どのお味にしますか?」
並べ慣れたのはカラフルなジェラートたち。十数種類はあるだろうか、選びたい放題だ。
「今なら2つのお味のセットがお得ですよ」
「じゃあ、それにしようか。どの味がいい?」
話しかけたが、佑は
「えっと……」
と言うだけだ。そもそもジェラート屋さんに来たことのない彼からしてみたら、選ぶのは難しいのかもしれない。
あまりにも佑が何も話さないので
「……1つはピスタチオでいいんだよね?」
と確認する。
「……ああ」
「他は何が好き?オレンジとかチョコとかがいいかもよ」
「じゃあ、オレンジで」
「私はチョコとストロベリーにしてください」
店員さんからジェラートを受け取り、ピスタチオの方を佑に渡す。
ほたるは佑がピスタチオが嫌いだった時のために味を選んだ。
席についても佑は黙ったままだった。受け取ったジェラートが溶けてしまう。
「早く食べなよ」
ほたるがせかすとようやく、スプーンですくって口に入れた。
「……」
「…‥どう?」
好き嫌いがあるからどうか分からない。自分の元と交換できるように手を付けなかったが、どうしても話さないので、仕方がない。チョコレートを一口味わった。
「ほたる」
「なあに?」
「……ごめん」
「……なんのこと?アパートのこと?それならもういいよ」
「そうじゃなくて」
佑はまっすぐにほたるを見つめる。
「俺、ずっとお前に嫌な態度取ってきたよな。初めてあった時から」
「……そうだっけ」
言われてみれば初日の印象は最悪だった。でも、彼のことを知ると、本当は優しい人だとわかったし、年下の彼は可愛い弟のような存在になっていた。
「俺、ほたるのことが好きだ」
急に言われて、口に運んでいたジェラートをそのまま飲み込んでしまった。
最初のコメントを投稿しよう!