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あの人と出会ったのはそんな時だった。高校三年生になり、夏期講習から予備校に入った。志望校は彼と同じ大学。それ以外に大学を選ぶ基準がなかった。知らないうちに彼が志望校を変更したことで、全ての歯車が狂っていった。彼の志望する大学は偏差値が高く、何より講習が始まってしまった以上、コースを変えることもできない。
進学する意思すら曖昧になり、モチベーションも上がらずにいた。当然成績も横這い。上がる気配すらない。それどころか周りの成績がどんどん上がっていくから、相対的に徐々に落ちこぼれていった。
ある日の夜、講習終わりに受験勉強の進捗を確認する面談があった。予備校では講師とは別にチューターと呼ばれる人がいる。事務であったり生徒の質問に答えたり、進学先についての面談を行うサポーターのような役割だ。大抵の場合は歳が近く、そして志望する大学の学生だ。私と面談をした大学生アルバイトのチューターが、後に特別になる人だった。生徒の誰からも慕われる、爽やかで明るい、大学生の代表みたいな人。何にも迷ったことがないような、清廉潔白な人。
「何か、困っていることはない? 何でも力になるよ」
大学生の言う何でもなんて、たかが知れている。私の家庭環境をどうにかできる訳でもなければ、彼の志望校を変えることもできない。私ですら分からない私の道先を、導くことだって。私はただただ俯いて時が過ぎるのを待った。彼は困った顔をして、私が話し始めるのを待った。扉の向こうから順番を待つ生徒が急かす声が聞こえる。
「分かった、明日僕の大学に行こう。行ってみればイメージがつくかもしれないから」
そう言って強引に連絡先を交換し、私の面談は終了した。入れ違いで髪色の明るい女子が入ってきた。夏期講習中の予備校は髪の色を明るくした人間が多すぎて吐き気がする。浮かれている場合なんかじゃないでしょうに。一体この人たちは何のためにここに来ているのだろう。お金を払ってまで。時間を掛けてまで。勉強しなければならないのに、私は何をしているんだろう。何かしているだけ彼女達の方がマシなのかもしれないと思うと、自分がどこに立っているのかすら、分からなくなり、次第に立っていられなくなった。
廊下にはまばらにしか人がいない。どうやら面談は入れ替わりで入った女子で終わりのようだ。面談室は教室とは少し離れた場所にある。壁に背を付けて蹲る私を気に掛ける人間なんかいない。先程まで面談していた部屋からは歓談する声が聞こえる。将来の夢に向かって頑張るから応援して、甘ったるく甘える声。腕でも組みそうな距離の近さ。満更でもない反応。それが彼と彼女のことを思い起こさせて、余計に気分が悪くなった。
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