さざなみのはざま、しじま

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 程なくしてチューターは帰り支度を整えて戻ってきた。少し息を切らせながらも丁寧に音を立てずに扉を開ける様子を見ると、人気があるのも肯ける気がした。 「少し顔色良くなった? 立てる?」  起き上がり足の裏に力を入れる。頭はふらつくが、どうにか立つことはできそうだ。私は首を縦に振り、荷物に手を伸ばした。チューターはそれを遮るかのように、ごく自然に私の荷物を持った。わざわざ取り返すまでもなく、ただそれに従った。 「家はどっち? 歩いて来てる? どれくらい掛かる?」  家の方角を指差し、はいと肯く。 「この道を海の方へ真っ直ぐ。歩いて二十分ほどです」 「ちょっと待ってて、原付取ってくるから」  手持ち無沙汰になり、空を見上げる。教室の中では分からなかったが、今日は月が綺麗だ。満月なのか、満月に近い月齢なのか、調べなければ分からない。スマートフォンは預けた荷物の中に入っていた。 「行こうか。後ろに乗って」 「でも確か原付って……」  二人乗りは違反じゃ、と言い掛けたのを遮るように、チューターはエンジンを掛ける。 「体調不良だから特別。警察が居ないことを祈ろう。ほら、早く見つかる前に」  言われるがままに、後ろに跨がる。原付に乗るのは初めてだった。まさか二人乗りをするなんて、思いもしなかったけれど。 「捕まって。しんどかったらもたれていいから」  そう言うとチューターは原付を走らせた。進み始めると、風に乗って嗅ぎ慣れない制汗剤の香りがした。  無言のまま身を任せる。歩き慣れた道はいつもより少しだけ早く過ぎていく。自転車だと息が上がるようななだらかな坂も、原付だと何の苦もなく進んでいく。お金が掛かるからと選択肢と外していたものが、急に身近になったような気がした。  なだらかな坂を登りきると、途端に潮風が吹き抜ける。少しベタつく、湿気を含んだ生温い風だ。歩いている時には徐々に潮風を感じるのが、境界線を越えたみたいに不意に切り替わった。突然浴びた潮風の塊は、どこか人肌に近いような感覚がした。それはまるで、彼と肌を合わせた時の感覚によく似ていた。
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