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白い壁が見えてきて、私はチューターに合図を送る。原付はゆっくりと停車し、私はそろそろと足を下ろした。
「ここが、君の家?」
「はい、送っていただきありがとうございました」
チューターは家を見上げた。ドールハウスのシリーズにでもありそうな白い壁の、海辺のおうち。だけどそれも昔の話。今や至るところに潮風による塩害が目立ち、手入れのされていない蔦が壁を這い、白さを覆い尽くしている。電気の一つも付かずに聳え立つ臥城は、さながら暗闇のごとくに私たちを見下ろしている。
「……なにか、困っていることがあるんじゃない?」
躊躇いがちにチューターはそう言った。家に誰も居ないのは明らかだ。予備校が閉まる時間になっても誰もいない家に、体調が悪い人間を一人置いていくのを躊躇っている。だけど生徒の家に入るのも、また問題だった。何より私の家庭環境はいちアルバイトが抱えるには重すぎた。家庭環境には触れずに問いに答える。
「大学、行くべきなのか迷っています。特にやりたいことがある訳でもないから」
口に出すとどこにでもあるような、矮小な問題。だけど進路を選ぶ人間にとって、それは最大の懸念事項だった。
「行けるなら、行っといて損はないと思うよ。俺だってそうだけど、選択肢が開かれるし」
選択肢と言う言葉に苛立ちが募る。それは結局何も答えが出ないまま頑張らなきゃいけないと言うだけで。今すぐに何かを選びたいのに。苛立ちをぶつけるように、言葉を吐き出す。
「そうじゃ、なくて。生きてる意味が、見出せなくて」
結局選択肢なんて、突き詰めていけば生きるか死ぬかの二択に他ならない。皆無限の選択肢があるかのように提示してくるけれど、本当はこれまでの積み重ねで、先細りしかしていかないのだ。どれかを選ぶと他の道には進めなくなり、どんどん選択肢が狭まり、最終的には死という道に追い込まれるより他にはない。
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