暴動1日目 ふたりの出会い

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 キャッシーと出会ったこの日が終わろうとする頃に、僕はキャッシーの小さいけれど確かに聞こえた苦しそうな声で目を覚ました。彼女を見るとお腹の辺りに手を当てている。 「どうしたの? 大丈夫? どこか具合悪いの?」  キャッシーは黙ったまま、首を小さく左右に振った。僕の顔を一瞬だけ見たけれど、なにか恥ずかしそうに下を向いてしまった。そうか。わかったような気がした。 「ちょっと待ってて。僕トイレに行きたくなったから、どこかで借りられないか探してくるよ。遠くには行かないけど、もしなにかあったら大声で叫ぶんだ。すぐ戻ってくる。いいね。」  キャッシーは小さくうなずいた。男の僕はマナー違反ではあるものの、いざとなればその辺で・・・ということもできるけれど、女の子にはそんなことはさせられない。  静かに大通りに出た僕は、周りの様子に注意しながら付近の建物を見て回る。  トイレを借りると言っても、人気がまったくないこの辺りでは無断拝借するしかないだろう。  この状況で人に出会うのはかえって怖い。治安の悪化で相手も警戒している今は、下手をすると銃で撃たれる可能性もあるからだ。  あたりまえだけれど、どの建物のドアも閉まっていて開かない。  しばらく探しているとなにか焦げ臭い匂いがしてきた。僕の中の警戒警報が鳴る。キャッシーのところへ戻ろうとしたところで、ガラスが割れている窓があるのが見えた。カーテンが風で揺れている。  中を覗いて見ると部屋の一部だけが燃えたようで、真ん中辺りに黒く焦げたビンが見えた。どうやら火炎ビンが投げ込まれたものの中の液体が少なく鎮火したようだ。  匂いの元はこの部屋だとわかった。この辺りで大きな被害に合っている建物は見られないから、どうやら暴徒たちはこの辺りを素通りしたようだ。誰かが捨てた火炎ビンがこの部屋に飛び込んだのだろう。  窓には鉄格子があり中に入ることはできない。他を探そうと思い、歩き出して数歩行ったところで、ドアがギィッと開くような音が聞こえて僕は身を硬くした。    それから物音はしなかったが様子がわからない。しばらく待ってもなんの動きもなかった。  僕は恐る恐る音がした路地を覗いてみた。勝手口と言えるようなドアが、少し開いた状態で止まっているのが見える。しっかり閉まっていなかったドアが風で開いたのかもしれない。  ゆっくり路地に入った僕は慎重にドアに近づき、今よりも少しだけ開いてみた。暗い建物の中が見える。 「こんばんは:・・・。誰か・・・いませんか?」  恐る恐る声を出してみる。 静かだ。僕の鼓動が一番大きく耳に聞こえてくる。何分たっただろう? キャッシーのことを考えてもあまり時間をかけてはいられない。僕は勇気を絞り出して建物に入っていった。  結果的にはその建物でトイレを借りることができた。キャッシーもずっと我慢していたらしい。思春期の女の子だから恥ずかしくて言い出せなかったのだろう。  一息つくことができて、僕たちふたりは寄り添うようにして休んだ。キャッシーは僕にぴったりと身を寄せてくる。  この状況では僕しか頼る人がいないのだから、そうなるのが自然なことなのだろう。  明日には警察も介入してこの騒動も収まってくれるだろうから、この子を安全に保護してもらえるところへ連れて行けば、僕の役目も終わりだ。  そう思っていた。けれどそれは、希望的観測に過ぎなかったのだ。
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