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2日目 それぞれの邂逅・前編
夜が明ける。
朝方は気温が下がっていて冷えてはいるものの、布団代わりに被っていた段ボールが意外に暖かいことがよくわかった。
壁に背をもたれかけた座り姿勢だったにもかかわらず、状況を考えれば望外なほど、清々しい朝を迎えることができたと言っていいだろう。
視線を落として時計を見ると朝の6時前だった。
腕時計によく目をやるのは、父親の習慣を見ていたからかもしれない。
まじめな父は酒もタバコもやらない。付き合いの席で飲むことはあっても、家で晩酌もほとんどなかった。自宅のある市内に競輪や競艇場があるにもかかわらず、パチンコも含めてギャンブルの類も一切しない。
そんな父の唯一の趣味がアンティークの腕時計だ。特に1950年代から70年代に作られた時計を50本ほどコレクションしている。
ただ集めるだけじゃなく、自分でメンテナンスもこなすところがすごい。仕事で機械設計を長年やってきた父だが、時計については独学で勉強したらしい。
僕は口には出さなかったが、父のそういうところはいいなと思っていた。
視線を少し横にずらしてみる。
キャッシーは僕の身体に抱きつき、枕代わりにした格好で眠っていた。被せたはずの段ボールはズレてしまっていて、キャッシーの足元にある。
ゆっくりと右手を伸ばし、キャッシーのはだけてしまっているスカートを直した。下半身が冷えてもいけないし、下着が見えているのもよくない。
僕が動いたことで目覚めにつながったのだろう。キャッシーは半目を開けて僕の顔を見上げた。
「おはよう。よく眠れた?」
「あっ! うん。おはよう。」
状況を思いだしたのか、キャッシーは僕の腰から手をはなして隣に座り直した。顔を洗いたいだろうなと思った。昨夜のところでもう一度借りられないだろうか?
僕は腰を上げて周囲の段ボールを片付けると、キャッシーの腕をつかんで立たせ、背中を向けてしゃがんでから言った。
「行こう。まず顔を洗って安全なところへ。今日はきっとお父さんお母さんのところへ帰れるよ。」
「うん。」
躊躇することなく、キャッシーは僕の背中に身を預けてきた。
背中に感じる体温が温かい。僕の上着はキャッシーが着たままだけれど、それでいい。
夜が明けても静かだった。パトカーを見つけようと大通り沿いを歩いていたけれど、パトカーどころか、走っているクルマを見つけることもできない。
道路上のあちらこちらにクルマがそのまま置かれますいて、そのほとんどが窓を割られたり、タイヤの空気を抜かれたり、ボンネットやドアをへこまされたりしている。
暴動は収まったのだろうか? それとも暴徒たちが他の場所へ移動しただけ? 情報がないから判断のしようがない。
僕は近くにあるクルマを見た。ドアは開けたままで、フロントガラスは割られ、タイヤは4本ともパンクしている。
近づくとクルマのキーはついたままになっているのがわかった。パンクしているから走れないけれど、ラジオは聴けるかもしれないと思った僕は、運転席に手を伸ばしてキーを捻る。途端に大きな音が鳴ってびっくりした僕はキーを戻した。
辺りを見回したが幸い人の姿はない。キャッシーを降ろし、運転席に乗り込んでカセットテープを取り出してから、もう一度キーを回す。ラジオを聴きたいだけだからエンジンをかける必要はない。そうしてボリュームを抑えながらゆっくりとチューニングを合わせた。
「・・・昨夜21時・・・州政府・・・ナショナルガ・・・」
「ダウンタウンの・・・抗議の群衆・・・」
「市長は・・・L市全域に非常・・・繰り返し・・・」
クルマはぼろぼろだが、ラジオの調子もあまり良くない。それでも断片的な情報を合わせると、非常事態宣言が出てナショナルガードが出動するようだ。ナショナルガードはカリフォルニア州兵のことだから、事態は警察の手に負えなくなっているのかもしれない。警察官どころかパトカーさえ見かけないということはそういうことなのだろう。
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