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僕は暗澹たる気持ちになった。どこに行けばいいのかわからない。
警察署を目指せばいいと思っていたが、暴徒で溢れているとしたら、逆に危険地帯にわざわざ行くことになってしまう。
だからと言ってここに留まることも最善とは言えない。今おそらくこの辺りは空白地帯になっているのだろう。だからゴーストタウンのように人っ子ひとりいない。そうは言ってもそれがいつまで続くかはわからない。
僕もキャッシーも昨夜からチョコしか食べていないのだから、体力がいつまでもつか?
それに長引くことでキャッシーの体調が崩れたりしたら、僕ではどうしてあげることもできない。ただでさえ寒い一夜を過ごしているのだから、風邪をひくことだって十分ありえる。
そんなことを考えていると、不意に反対側のドアが開いた。びっくりした僕は飛び上がりそうになる。開いたドアからキャッシーが滑り込んで来てドアを閉めた。
「なんだ・・・びっくりしたよ。誰か来たのかと思った。」
「だって外で立って待っているよりいいでしょう?」
「まあ、そうだね。」
「あまりいい情報はなかったみたいね。サトルは考えるとき腕を組んで片手を顎に当てるのね。わたしのパパといっしょよ。」
そうなんだ。今は僕が父親代わりみたいなものか・・・僕はキャッシーの顔を見た。この子を連れて、僕はどこまで逃げればいいのだろう。
「えっ? なに?」
「いや。これからどうするか考えているんだよ。キャッシー。悪いけど、しばらく周囲に注意しておいてくれるかい? ちょっと時間がほしい。」
キャッシーは真顔に戻って言った。
「大丈夫。ゆっくり考えて。なにかあったらすぐに言うわ。」
頷いた僕はハンドルに手をかけて前を向いた。考えても仕方がないことはわかっていたが、そうせざるを得ないほど途方にくれていたのだ。
「ごめんなさい・・・わたしはサトルのお荷物になっているよね。」
ハッとしてキャッシーを見ると、彼女はうつむいて泣きそうな顔をしている。ちがうと言いたかったが、なぜか言葉が出ない。
「サトル。もう・・・無理しないでひとりで行って。わたしはここで警察官に見つけてもらうのを待っているから。今まで守ってくれて・・・ありがとう。」
見つけてくれるのが警察とは限らない。もし白人に敵意を持つ黒人やヒスパニックだったら。もしストリートギャングだったら。そんな連中に見つかったらどんな目に遭うかわからない。
「キャッシー。僕はキャッシーのそばにいるよ。」
できるだけゆっくりと言った。それでもキャッシーは下を向いている。
「聞いて。ふたりで逃げるんだ。君はお荷物なんかじゃあない。」
少し間をおいてもう一度声をかける。
「お願いだから、僕を信じてほしい。」
僕といっしょにいたからって安全が保障されるわけではない。なのに、なにを信じろと言うのだろう?
キャッシーから、一瞬目線を前に戻した僕の目が3~4人の男の姿を捉えた。ギクッとして緊張が戻ってくる。建物の陰からもう1人が現れて5人になった。
まだ距離があるから僕たちには気付いていないようだが、黒人のグループだった。
僕はゆっくりと音をたてないようにドアを開けて外に出た。クルマの後ろに回り込み、キャッシーがいる側のドアを開ける。キャッシーが僕を見た。
「静かに。まだ気付かれていない。ここを離れよう。」
キャッシーは黙ってクルマから降りてくると、姿勢をできるだけ低くした。僕は彼女を抱きかかえてクルマの後部に移動する。
クルマのトランクはなぜか開いたままになっていたが、それがクルマの前方にいる男たちから、僕たちを隠すのにちょうどいい高さになっていた。
このクルマがボンネットもトランクも、日本車とは比べものにならないほど長いアメリカ車で幸運だった。
僕は後ずさりながらクルマから離れた。男たちの姿が見えないように、それはつまり向こうからも僕たちが見えないように、建物の陰に入るまで細心の注意を払った。
男たちはこっちには来ずに、次の四つ角を向かって右に曲がるようだ。ホッとして全身の力が抜ける。でもまだ油断してはいけなかったのだ。この後僕たちは最大級のピンチにさらされることになる。
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