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もう1度リュックの中に手を入れて水筒を取り出す。まだ口をつけていない方の1本を差し出した。
「2本持ってきてよかった。これ飲んでいいよ。」
彼女はこれもすぐには受け取ろうとはしない。
「遠慮はしなくていいよ。甘いものだけじゃあ喉がかわくだろう?」
キャッシーは首を横に振って言った。
「だって、2本持ってきたってことは普段からよく水分を取るのでしょう? 私が飲んだらあなたの分が減っちゃう。」
ぼくのことを考えてくれたのか。いい子だなと思った。
「ありがとう。でも大丈夫だよ。念のために2本持ってきただけだし、ぼくの1本もまだ十分残っているからね。」
昼間も飲んでいたため、実はもう半分ほどになっていることは黙っておこうと思う。
キャッシーは遠慮がちに水筒を受け取った。でもうまく蓋を開けられないようだ。ぼくは手をキャッシーの手に重ねて蓋を外そうとした。キャッシーは一瞬手を引こうとしたけれど、最後はふたりで蓋を開けた。
水筒に保温機能があるとはいえ、時間がたってさすがに冷めてしまっているだろうけれど、キャッシーは一口飲んでホッとしたように安堵の息を吐いた。
「おいしい。」
そう言って彼女はぼくに身を寄せてきた。そうして上着を半分、ぼくの肩にかけようとする。
「ぼくは大丈夫。ほら見える? ぼくはこうやって暖を取っているんだ。」
暗闇の中で、ぼくは両手の平を合掌し、左右から力を入れて押し合うのを見せた。
「ぬぬぬ・・・! ふぅ・・・。こうやってね、力を入れて左右の手で押し合うんだ。けっこう身体があたたまるんだよ。軽い筋トレにもなるしね。」
「キントレ?」
「ああ。筋肉トレーニングのこと。日本人が得意な日本語と英語が合体した造語だよ。これと反対にね、指先同士を引っ掛けるようにして、左右に引っ張るようにするのもけっこうあたたまるんだよ。座りながらできる簡単な運動だね。」
「それなら私にもできるわ。こうね。」
見よう見真似で、キャッシーは両手の指を鍵状にして引っ掛け左右に引っ張りだした。
「うううっ! ふぅ・・・。ぬぬぬっ! ふぅ・・・。本当ね。身体があたたまってきたわ!」
うれしそうに声をあげるキャッシー。
「よかったよ。でも声のト一ンは落とそうか。周りが静かだからね。」
「あっ! ごめんなさい。」
キャッシーは首を伸ばして路地の入口の方へ目をやった。
「大丈夫。変な物音は聞こえない。君も疲れたろう? ここで休んだ方がいい。ぼくが起きているから心配しないでいいよ。」
少し間があった。
「ううん。私は運ばれていただけだから、サトルの方が疲れているはずよ。私が起きているから休んで。」
思わず笑みがこぼれた。
「わかった。でもふたりとも休んだ方がいいね。大丈夫だよ。万一のことを考えて仕掛けもしてあるから。」
また間があった。
「あなたって、意外と楽観的なのね・・・。でも、それでいいと思う。」
吹き出しそうになった。こんなときなのに。
しばらくしてキャッシーの寝息が聞こえてきた。やはり疲れていたのだろう。ぼくの肩に寄りかかる小さな身体を感じながら思った。ぼくを信頼してくれた彼女を、守らないといけない。
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