暴動1日目 ふたりの出会い

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 店内には外から見て、思っていた以上に多くの客がいた。  軽い調子でカウンターの向こうにいる店員に声をかけたぼくは、ドライバーズライセンスを見せてバドワイザーを注文した。アメリカではアルコールを飲めるのは21歳からだ。   ドライバーズライセンスは日本のそれがあれば、アメリカでは容易に取れるから身分証として重宝する。現地の人もライセンスの取得自体が比較的容易だが、州によっては技能講習さえないところがあるのは、ちょっと心配だと思う。 「どこから来たんだ! 若いの!」  すっかり頭が禿げ上がっているが、歳はまだ30代と思われる長身の男が笑顔で迎えてくれたおかげで、幾分緊張が解ける。 「いまはS・Mに住んでいるけれど、生まれは日本だ。S・MもL市も食べ物やビールが美味くて最高だよ。」 「そうか! にいちゃん日本人か! ここらじゃあ珍しいな! 日本人はハリウッドか、リトルトーキョーにいるものだと思っていたぜ! まぁゆっくりしていってくれ!」  男は威勢よくそう言うと、ぼくの前になみなみと注いだ大きなジョッキを置いた。  普段はそんなに飲まないぼくだけれど、アルコールに弱いわけではないことはわかっている。2時間近く歩いて汗ばんだ身体に、冷えたビールは本当に最高だった。  アメリカではアルコールを屋外で飲むことはできない。だから缶ビールを片手に街を歩くなどはもっての他で、日本人なら春は当然のように行う、花見の席で乾杯することもこちらではできないのだ。  自由の国のイメージがあるものの、場合によっては日本よりはるかに厳しい一面があるのがアメリカという国だ。  ジョッキの中身を1/3ほど胃に流し込んだところで、店内の様子をさりげなく観察してみた。男しかいない。それにしても誰もが大きい。身長170センチのぼくは、特に体格に恵まれているわけではないのでやむを得ないものの、周りの大男たちの中にいると、子どもに戻ったような感覚に陥りそうだ。  カウンターの隅には古いテレビが置いてあり、思った通りの中継が行われていた。今現在、シミ・バレーの法廷で行われているロドニー・K事件の裁判の様子だ。    アメリカでは裁判は原則公開で行われる。陪審制が浸透していることもあるが、国が行っていることを、国民が常に監視する意味合いが強いようだ。中で不正な裁判をやっているんじゃあないか? といった疑惑を抱かせないのも非公開にしない理由なのだろう。  ふと視線を感じたぼくは、店の奥にいる3人の男たちに見られていることに気付いた。緊張を感じたが、落ち着けと自分に言い聞かせる。  店内にいれば大丈夫なはずだ。それにまだなにかを言われたりしたわけでもない。ぼくは気にしていないふりをしてビールジョッキを仰いだ。  3人組が席を立つ気配がしたが顔を向けない。ぼくは入り口正面のカウンター席に座っているから、店を出ようとすると必然的にぼくのそばを通ることになる。  目線をカウンター越しの店員に向け、声をかけようとしたとき、空いていた隣りの席に大男がドッカと座った。 「よう、にいちゃん。おまえ、日本人か?」  3人組の1人だった。あとの2人も僕の後ろにいるのがわかる。 「そうだよ。日本人だ。」  ぼくはなるべく素っ気なく応えた。緊張はあったものの状況はわかっているつもりだ。  しばらくぼくを見ていた男は後ろの2人に顔を向けて言った。 「やはりジャップだ。コリア野郎がこの街に来るわけがない。同じアジア人でもどことなく雰囲気もちがう。」  後ろの2人がうなずくのがわかった。 「日本人ならいいんだ。にいちゃん。コリア野郎ならぶっ殺してやろうと思っただけだ。悪く思わないでくれ。」  男はそう言って席を立ち、ぼくの肩を軽く叩いて店を出ていった。やはりそういうことかと思ったが、ぼくの背中を冷たいものが流れたのも事実だ。
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