暴動1日目 ふたりの出会い

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 91年3月に起きたラターシャ・H射殺事件の結末は、アフリカ系アメリカ人と、韓国系アメリカ人のあいだに、決定的な禍根を残す形となってしまった。    1.79ドルのオレンジジュースを万引しようとしたと誤解された、15歳の黒人少女ラターシャ・Hが、韓国系女店主に銃で撃たれて死亡した痛ましい事件だった。  殺人罪で起訴された女店主だったが、同年11月の裁判では5年間の保護観察、400時間の社会奉仕、罰金500ドルという、殺人事件としては異例に軽い判決となっている。  この判決は以前からあった人種間の緊張をさらに高め、高い失業率や恒常的な市警の圧力に対して、黒人社会に渦巻いていた不満をさらに蓄積させるものになってしまった。  もともとここは黒人の人口比率が高い地域だったが、それをヒスパニック系が取って代わるようになる。  一方で韓国系が黒人が所有していた酒屋や雑貨店などの店を買い取り、商売を拡げて勢力を伸ばしてもいた。  韓国系商店の黒人に対する客扱いは露骨に悪く、この両者の関係はこれ以上ないほど最悪の状態になっていたのだ。  蔑称で呼ばれたものの、彼らには日本人への敵意はないようだった。日本人社会の人々が、L市で自然な形で生活者として溶け込んでいることに感謝しなければならない。  カウンターのテレビではいまも裁判の様子が映し出されている。  そのころキャッシーは、従兄のマイクが運転するフォードトーラスの後部座席にいた。  最近運転免許を取ったばかりのマイクは、平均速度が高く車間距離も短いフリーウェイではなく、一般の幹線道路を走っていた。  もっともL市のドライバーが車間距離をほとんど開けないのは、一般道であっても同じだ。  2人はマイクの母方の祖父母が住んでいるL・B市から、自宅のあるP・D市に向かっていた。車内にはカセットテープの音楽が流れ、2人は音楽に合わせて上機嫌で歌を歌っている。  クルマのスピーカーから流れているのは、ブライアン・アダムスの「アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー」。  キャッシーは、祖父が作って渡してくれたフォークギターを抱きしめながら、マイクに負けない大きな声を出していた。  夕方が近づいてくるに伴いクルマの数が増えてきてはいるものの、道路上の車列は順調に流れている。  この時の2人は、この先の道路上で突然異常な事態に遭遇することになることを、まだ知らなかったのだ。  
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