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「いたるところでイチャイチャしやがって! お前ら海に沈めるぞ!」 「まあまあメイちゃん、落ち着いて」 「これが落ち着いてられますかってんだ。こっちは今日も仕事なんだからね!」  食堂の看板娘のメイちゃんは、冬の恋人たちが嫌いだ。春も夏も秋もにこにこしているのに、この時期だけは驚くほど機嫌が悪い。冬眠前の熊でも、ここまで怖くはないと思う。 「こんなときこそ、買い物とかどう?」 「どうせ私はクリスマス当日だってことにも気がつかないで、デパートにブーツを買いに行ったアホですよ。行きも帰りもカップルだらけだったわ。何が悲しくて、自分で自分のクリスマスプレゼントを買わなきゃなんないのよ」  普段なら、理由もなくプレゼントをもらうなんて気持ちが悪いと、僕があれこれ贈り物をしようとしても速攻で却下するメイちゃんがやさぐれている。恐るべし、「クリスマス」。 「お腹が空いているとイライラするからね。何か食べよる?」 「クリスマスに予約なしで入れるっていう理由で、ひとりで中華料理を食べていた女ですが、何か?」 「チューカ?」  メイちゃんは、僕の住む村からはうんと遠い国から来たらしい。だからメイちゃんの当たり前が僕にとっては全部異文化だ。でもそれもひっくるめて、僕はメイちゃんが好きだ。  一生懸命なくせに不器用で、今日もつんつんいじけている。 「わーん、もうケーキをホールでやけ食いしてやるー!」 「メイちゃん、落ち着いて」  メイちゃんの国の行事は、面白いものばかり。「ショーガツ」にはオセチやゾウニを食べ、「バレンタイン」にはチョコレートを食べ、「ヒナマツリ」にはハマグリやヒシモチを食べるらしい。  そんな行事の中でも、一番不思議なのが「クリスマス」。何度聞いてもどんな行事なのかさっぱりだ。わかっていることはただひとつ、「クリスマス」が絡むと、メイちゃんの機嫌がとにかく悪くなるということだけ。 「メイちゃん、『クリスマス』ってなんなの」 「知らないわよ、スマホもないのに由来なんてわかるわけないじゃない。あんたも、『クリスマス』を過ごせばわかるわよ。恋人がいない独身男女にとって『クリスマス』は『苦しみます』ってことがね」 「なにそれ、怖い」  聞けば聞くほど意味がわからない行事。でも、メイちゃんにとっては大事なものなんだろう。だってこの村に来てから数年経った今でも、冬が来るたびに「クリスマス」の話を繰り返すんだから。  だからね、僕はメイちゃんが目の敵にする「クリスマス」とやらを、今年こそ一緒に楽しみたいと思うんだ。やっぱりさ、好きな女の子には笑顔で過ごしてほしいじゃないか。 「メイちゃん、僕、頑張るから」 「は、何を?」 「『クリスマス』、僕とデートしようね」 「え、ちょっと、待って」 「ちゃんと予定を空けておいてくれないと、僕泣いちゃうからね!」  勢いよく飛び出した僕を見て、メイちゃんは野うさぎみたいに目をまん丸にしていた。
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