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あまりのことに唖然としていると、
「私を観察するために、吉柳の肉体を乗っ取ったと。前々からおかしな奴だとは思っていたが、まさかイスの偉大なる種族とは思わなかったよ」
「そうですか。わたしは警視殿にならば、すでに見抜かれているかと思っておりました」
「いや、わかっていたのは、おまえがおかしな奴ということだけだ。しかし、どうして私の傍に潜りこんでみようと思った? やはり、おまえたちのような神話関係には、信仰問題管理室が邪魔なのか?」
すると、吉柳―――いや、乗り移った化け物は言った。
「我々が警視殿に興味を持ったのは、正確には今日のことです。我々は、あなたがどういう人間なのか今日初めて知ったので、改めて信仰問題管理室と降三世明という人物を調査する必要性に駆られたのです」
「今日……だって?」
「ええ。なぜなら、わたしの真の名前は∇◎◇EEEEESXAWQFTなのですから」
その耳障りな発声と単語は、さっきの……
では、この吉柳の皮を被った化け物の中にいるのは!?
「なるほど。時間を遡行して、三年前に戻って私のことを調べ出して潜入してきたということか。さすがは偉大なる種族。そのような複雑な真似をして、生き馬の目を抜くようなティンダロスの猟犬に目をつけられないところが驚きだ」
「ありがとうございます」
まさか、この眼の前の男が中身はさっきまでの坪井の妻加奈だというのか。
僕の頭は混乱しすぎてよくわからなくなっていた。
こんな傍に、人の精神を奪い取る化け物がいるなんてきっきりいって理解したくない!
「おまえの仕事は私を調査することだけか?」
「はい。凡百の人間のケースデータを調べあげるよりも、ただ一人でも警視殿の調査を密にした方がいいと判断いたしました」
「ならいいさ。でも、これからも私はおまえたち偉大なる種族のことについて引き続いて追うから、その邪魔は死んでもするなよ。その時は古き印を喰らわせるぞ」
「わかりました、警視」
「では、中断していた仕事に取り掛かれ。私は久遠君と一杯飲みにいってから直帰する。できそうにないのなら、明日の分は残しておいていい」
そういうと、何事もなかったかのように警視は踵を返すと、僕を連れて管理室から出ていく。
人の肉体を奪った化け物を放っておいて……
「警視、いくらなんでも、放置するなんて!」
「放置はしないよ。上司として私が監督する」
「いや、そういう問題じゃなくて! 第一、あなた、あんなのと二人っきりで仕事して怖くないんですか……!!」
「吉柳とはもう三年も一緒にやっているし、今更だな。それに……」
「それに?」
僕の疑問に、信仰問題管理室のボスは簡単に言い放った。
「いつも傍に絶好の神話生物のサンプルがいるなんて、とても幸運なことじゃないか!!」
―――人は身近に恐怖が隠れていることを怖れる。
安穏と暮らしている場所が実は危険に満ちた死地だと思いたくはないからだ。
だが、恐怖も危険も背中合わせ、すぐ隣にいるのがわかっていながら、喜々として生活を続けるものをなんと評すればいいのであろうか。
僕は、人が怖い。
不気味だからだ、無気味だからだ、不条理だからだ。
そして、中でもさらに怖いものがある。
僕は―――降三世明が、何よりも怖い……
「別人事件 完」
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