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―――この巡査の話だと、あとはこうなる。
巡査の応対をしたのは痩せた梅崎で、奥にいたらしい田中を呼び寄せて事情の説明を始めた。
なんでもこの家の住人である上司と昨日から連絡が取れなくなって、朝に押しかけてきたらしい。
田中たちはいざというときのために細貝から鍵を預かっていたので、それで中に入り、玄関口から上司に声をかけた。
だが、一向に返事がない。
今日中に決済を貰わなくてはならない案件があるうえ、上司にとても奇妙な癖があることを知っていた二人は何か異変があったのではないかと無礼を承知で家に上がった。
それから、各部屋を廻ってみたが上司の姿はどこにもない。
残っているのは、〈例の部屋〉だけになった。
〈例の部屋〉は内側から鍵がかかっているらしく、ノブの代わりの把手をひねってもまったく開く様子がなかった。
となると、この中に細貝がいるにちがいない。
上司の奇妙な癖を知っている二人としては、〈例の部屋〉の中に閉じこもっているだけですでに何かがあったとしか思えなかった。
しかし、強引に扉を開けて中に入るだけの度胸はない。
困った二人は警察の助けを求めることにした……
―――というわけである。
おおよそはわかった。
ただでさえ、緊急事態だと判断したとしても上司の家に無断で入り込んでいるのだから不法侵入(刑法130条だ)を問われるおそれがあるので、警察を介入させるという判断に間違いはない。
二人の行動はごく当たり前のものである。
もっとも、不可思議な点はあった。
「〈例の部屋〉ってなんです?」
思わず口をついてしまった。
対応している巡査が何度か繰り返すこの単語に引っかかってしまったのだ。
話からすると、ガイシャの細貝の私室のことだと思われる。
だが、「例の」とつけるとそれだけで怪しい雰囲気になる。
少なくとも無視していい感じではない。
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