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「人の耳では聞き取れない真の名前か。……さすがは人外の種族。発音も素晴らしい」
「女の正体をまじまじと見るものではないわ」
「君らに雌雄の区別があるかも知りたいところだ」
その言葉には乗らず、
「わかったわ。この女の肉体からは出ていきます。この時代の司直に付き纏われたら、おちおち研究もできませんからね。仲間たちにも、この時代からは退避するように勧めます。それでよろしい?」
「ああ、そうだね。さすがに君たちを拘束する術はないし」
「それだけの知識を持っているというのならば、我々に対抗できる古き印ぐらいあるのでしょう。それを使われて虜囚の憂き目にはあいたくはないわ」
「まあ、あることはあるよ。でも、イスの偉大なる種族なんかに使うのはもったいない」
「やっぱりとことんコケにするわね。……別にいいわ。帰らせてもらいます。あと、わたしの主人のことをよろしく。あの人、わたしが入れ替わっても普通に愛してくれたのよ。まったく人間というものはホントに度し難いお人好しよ」
初めて、この女の人間に近いところを見た気がする。
そして、次の瞬間には坪井加奈はがくんとソファーに崩れ落ちて、そのまま意識を失ったようだった。
「とりあえず、救急車を呼ぼう。イスの偉大なる種族と精神交換をしていた人間がどういう状態になるのかまだわかっていないし、目が覚めたら精確な聞き取り調査もしたいしね。あと、この家の探索もしたいな。あいつらがどういう生活をしていたかのサンプルとなるだろう」
どうなってもこの人の姿勢はブレないようだ。
僕としては人間じゃないものと対面して話をしていたというだけでだいぶ疲労困憊なのだけれど。
「じゃあ、坪井の件は……」
「精神鑑定をすれば、やはり精神病理の一種だったとして無罪か免罪になるだろうね。さっきのイスの偉大なる種族の様子からすれば、利用した道具であったとしても完全な使い捨てにするつもりはなかったようだから、そのぐらいの細工はしておくだろう」
「てことは、アリ慧ちゃんは……」
「検察側は裁判で負けるだろう。相手は刑法39条にひっかかるからね」
「僕はアリ慧ちゃ……長谷川検事に叱られますね」
「なに、君は現存する高次元の生物との会話を直に目撃できたのだ。それはたいした経験だぞ。それに比べれば性格のきついドS気味の検事に叱られるなどたいした不幸ではあるまいさ!」
慰めているつもりではないよね。
そんな心持ちをした人間ではないし。
「それに、今回の案件のおかげで、私も長年の懸念が晴れたよ!」
「長年の懸念ですか?」
「ああ、この女を救急車に預けたら、君もぜひ一緒に我が管理室に戻るとしよう! ああ、ようやっとだよ!」
何を言っているのか欠片もわからないが、逃げることはできそうもなかった。
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