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「それでは私達は周囲の様子を伺って来ます」
「我も見回りに出る、何かあったらすぐに知らせてくれ」
「ではナグワーさん。ヲルカ君の事をお願いします」
「了解であります」
皆が思い思いの方法で空へ舞い上がり、夜空と建物の向こうへと消えていく。いよいよ作戦スタートだ…と意気込んだところまでは良かったのだが、俺はすぐに夜市に集う市民の多さに改めて気圧されてしまう。てか、多すぎだろ。
「何かのお祭りと被ってたりする?」
「いえ、ミグ通りはいつもこのような賑わいを見せています。そのせいで喧嘩や窃盗が頻繁に発生する場所でもあります。隊長もお気を付けください」
「…そっか」
経験的に人が多いとやりづらいだけで良いことはないんだよなぁ。いや、むしろだからこそさっさとミグ地区を拠点にしているであろうウィアードを対峙しないといけないんだけど。
それにしても、この辺りは妙に閉塞感が強い。建物が軒並み高い割に道路が狭く、そこに市が立っているせいで余計に窮屈になっている。そして実査にここに訪れたから気が付けたこともあった。
地区の構造的に高層の建造物が多いせいで、こんなに天気のいい夜なのにも関わらず強い風が吹き下ろしてくる。ビル風と呼ばれるのと同じ原理だろう…多分。ビル風が何なのかは理系じゃないから知らないんだけど。
ともかく上の空間に余裕があり、強い風が吹くこの場所は想定している妖怪たちにとっては都合がよさそうだ。いずれもが空を飛び、風に関わる怪異でもあるから。
確かにナグワーが自分で言っていた通り、ドラゴンの姿に戻ったら動きづらそうだ。基本的には人の姿のままで活動を強いられることになるだろう。俺もできるだけフォローしないと。
などと不遜にもそんな事を思って彼女を見た。するとナグワーは何やら神妙な面持ちであちこちに目線を動かしている。
「どうかした?」
「あ、いえ。もしもここで戦闘の必要が生まれた場合のシュミレーションをしておりました」
「そうだね、それも必要だ。ちなみにナグワーだったらどうするの?」
素人なりに気を使って仕事はしてきたつもりだが、本来は救助活動や避難誘導などは門外漢なのだ。それに引き換えナグワーは『ナゴルデム団』として日々そういった活動に従事してきたプロフェッショナルと言えるだろう。彼女の意見は是非聞いておきたいところだ。
ナグワーは「そうですね」と前置きをしてから意見を述べ始めた。
「そうですね…まずはこの通りの市民の安全確保が最優先でしょうか。しかし自分にはウィアードの姿や大きさなど不明確な部分が多すぎるので何とも言えません」
「今のところ想定しているのは小さい動物か、ベットシーツみたいなひらひらしている奴から大丈夫だとは思うけど、パニックは避けたいな」
「恐らくですが、万が一ウィアードに襲われても大規模な混乱は起こらないかと」
「え? なんで?」
「この二つ隣の通りに『ランプラー組』のギルド支部になっている研究所があります。爆発や緊急事態は日常茶飯事ですので、特に指示がなくとも避難は迅速だと予想されます」
「は、はは」
真っすぐと西の方を指さしながら、ナグワーはその答えを教えてくれる。
それを教えられても、俺には愛想笑いで応じるくらいしかできることはないけれど。
するとその時。
「ん?」
「どうかしましたか? 隊長」
「いや、多分気のせい…だと思うんだけど」
俺は何者かの視線を感じた…ような気がした。目の端には青白く光る何かを捉えている。だがそれもすぐに人ごみの中に消えていってしまった。普段ならそんな事はないのだが、俺はその光が無性に気になってしまい、それが消えた方へ足を運ぼうとした。
作戦に支障が出るかもしれないとは思ったが、どうしても確かめずにはいられなかったのだ。けれど、それは叶わなかった。突如として俺はナグワーに突き飛ばされたのだ。
がふっ、などと情けない声を出して俺はナグワーの方を見た。そして問いただす前に俺は彼女が何故そんな事をしたのかを理解した。ナグワーは剣を抜き、一匹のウィアードと戦っていた。アレは…
「『野衾』か!?」
野衾は年を経た蝙蝠、もしくはムササビが妖怪変化となったものだ。上空から人の顔に覆いかぶさるように滑空してきて驚かしたり、そのまま張り付いて生き血を吸うとも伝えられている。
上から襲われたのに気が付かなかった。ナグワーが庇ってくれなかったらやばかった。
野衾はきぃきぃという声を出しながら鋭い牙と爪でナグワーの剣と張り合っている。思っていたよりも図体がデカい。俺はいつかテレビが図鑑で見たクズリという凶暴な動物を連想していた。
夜市の人たちはすぐに異変に気が付いた。『ナゴルデム団』の騎士が得体の知れない動物と戦っていると。何人かは悲鳴を上げて逃げ出したが、ほとんどが距離を取って様子を見るだけに留まっている。
そのことはナグワーも気が付いている。そして威嚇のためか、口元からいつか見せた炎のブレスを吐き出す。人間の姿のままでも出せるのか…とそんな感想を持った直後、俺は考えるよりも先に叫んでいた。
「ナグワー! 火はダメだっ!」
などと叫んでも彼女の攻撃を妨げることはできない。野衾は火炎をまともにくらったが、次の瞬間にはその炎を食らっていた。
野衾は火を食べるという伝承がある。提灯や松明の火を食べ、それを吐き出すことができると。案の定、野衾は食べたナグワーの吐火をそっくりそのまま返してきた。
ナグワーは腕だけをドラゴンのそれに変じると強靭な鱗と皮膚とでそれを防いだ。しかし不意を突かれたのには違いなく、そのまま劣勢に追い込まれてしまう。すると今度こそ夜市の人たちはパニックを起こして逃げ惑い始める。
俺はそうなってようやく足を動かせた。すぐさま右腕を蟹坊主の鋏に貸与して、野衾に攻撃をしかける。
「ナグワー、今助けるっ!」
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