ギルドマスターとしての生活:信頼

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 コホンっという一つの咳ばらいが、部屋の中の妙ちくりんな空気を一旦リセットしてくれた。その咳払いの主はサーシャだ。議論と会議をさせたら右に出るギルドなしと言われている『サモン議会』出身の彼女は、話題を振ったり話を戻したり、反対に煙に巻くのも得意なようだった。  仕切り直して再度俺にこの会議の手綱を握らせてくれた。 「では改めて、ヲルカ君が想定しているウィアードについてご説明頂けますか?」 「あ、うん。そだね」  今までは不慣れな議題でてんやわんやしていたが、ここからは存分に妖怪の話ができる。多少は名誉挽回できるだろう。  実をいうと、俺が伝聞にて把握したウィアードの正体について考察したところ、今の段階で五体も想定に上がってきた。  野衾、山地乳、風狸、一反木綿、野鉄砲という五つの妖怪だ。  俺は各妖怪についてタラタラと講釈を垂れた。勿論、日本に伝わる伝承をヱデンキア人に話しても差し支えない程度に改変をして、だけど。 それぞれは見た目や行動で考えればまるでバラバラの妖怪だった。  しかし、一つだけ共通点が存在している。  そして今回のミグ地区で起こっている「グライダー」事件の特徴は、正しくこの五体の共通点に当てはまる要素だった。 「…ふむ。いずれの共通点は『空から襲い掛かり、通行人の顔を狙う』ということか。しかも目撃情報が交錯していて、一つに絞り込めていない、と」 「そうなるね」  タネモネが俺の言いたいことを実に簡潔にまとめてくれた。そうなのだ。目撃者の証言が多岐に渡っていて、それぞれの特徴が当てはまるし、反対に当てはまらないという事態になっている。  むしろ、先日の朧車の一件のように複数の妖怪が徒党を組んで悪事を働いているという事も考えられる。いや、今回のケースだとまず間違いなく複数の妖怪が絡んだ事件だと言える。そうでなければ目撃情報にここまで差異が出る理由が説明できない。  するとナグワーを皮切りに全員が、俺の話した伝承を元に実際に対峙したときのシュミレーションをし始めた。 「それと戦闘面から考えると飛べることも相まって、相手が小型のウィアードもいるというのが自分は気になります。動物ということはかなり素早さがあるはずですし、路地での戦闘は不利になりやすいはずであります」 「ヱデンキアは細い道も多く、小動物程度の体格なら通れるような隙間も多数存在します。特にミグ地区は夜市が立つので人通りも考慮すべきでしょう」 「ともすれば私達の透過能力や、タネモネ様のコウモリへの変身能力の方がお役に立てる場面は多いかも知れません」 「うむ。先に確認した移動方法などを鑑みれば、我とハヴァが主だった戦闘を熟し、ナグワーがヲルカ殿の護衛、両者の中継及び補助としてサーシャが控えるという形が適切ではないか?」 「狭い路地となると、概ねその陣形は賛成です。幸いにもわたくしとナグワーさん、タネモネさんの三名は白魔法の扱いに長けているので、拘束術や行動制限魔法は難なく使えるはずです。そうなると、ヲルカ君を起点に近中遠距離隙なくカバーができ、むしろ狭い空間は有利になるかもしれませんね」  つらつらと全員が意見を述べ、何と隊列まで提案をしてきた。その勢いと迫力とに押されて絵に描いたように絶句していた。 「隊長から何かご意見は?」  そしてナグワーのその言葉をきっかけに、急に四つの顔と八つの目が俺の方を向いた。  全員が凛々しい顔立ちの上に仕事モードの顔つきになっていたので、思わず一歩下がってしまった。それほどの圧があったのだ。 「ヲルカ様、如何なさいました?」 「あ…いや、何か凄いね、みんな」 「未知な相手に準備をし過ぎるという事はないはずです。わたくしはウィアードに関連する事件はいずれも最難度の案件として処理をするつもりですから」  確かにサーシャの言う通り、準備しすぎることはない。俺自身もなまじ妖怪に対して知識があるという事に慢心して、このギルドを取りまとめる事に集中してしまって肝心の妖怪相手の対策を打てなかった。だからこそ、先日の「パック・オブ・ウルブズ」の事件の際はあそこまで窮地に立たされてしまったのだから。 「アルル達ともこうやってキチンと話し合っていけば良かったんだよね」  俺は頭に浮かんだ感想をそのまま口にした。すると意外な返事がナグワーから返ってきたのだった。 「はい。こうして綿密な確認を行っているのは、先日のアルル殿たちとの一件があったからであります」 「え?」  どうゆうことだってばよ? 「アルル殿たちの疲労困憊の様子を見て、その反省を活かすために全員で相談をいたしました。彼女たちはいずれも各ギルドでは名うての精鋭揃い。そのような者たちがあそこまで蹂躙されたのを見まして、ウィアードに対する意識を改めました」 「我らはウィアード対策室にいる間は噂に踊らされ、その実、本物のウィアードに出会うことすら稀であった。それがヲルカ殿の見聞によってかなり高い確率でウィアードと対面することになったが、いつの間にかそれを目的にしていた節がある」 「うん?」 「つまり、ウィアードに遭遇し情報を得ることで満足していた節があるということだ。だが実際に据えるべき目的はその先にある。すなわちウィアードを撃退し、ヱデンキアに平穏を齎す事に他ならないのだ」 「補足するならば、わたくし達にとってそれは普段のギルドでの職務と変わりません。犯罪者や無法者からヱデンキアを守るのです。この新ギルド設立と新生活とで全員が浮足立ったり戸惑ったりしていましたが、ここからが本領発揮です」  毅然と立ち振る舞う彼女たちの様子に、普段のギルドでの姿を垣間見た気がした。  ワドワーレに明かされたみんなのギルドから秘密裏受けた使命…つまりは俺の懐柔と言う要素にひっかかりを覚えていたが、それを差し置いても彼女たちはヱデンキアに存在し、均衡を保ってきた十のギルドの代表格。むしろ今の様相こそが本来の姿と言っても差し支えないだろう。  やっぱりできる大人の女性って感じだ。  そんな感傷に浸っていると、またしてもハヴァがぼそりと怖いことを口走った。 「むしろ私達よりも前回不甲斐ない結果で終わってしまった、カウォン様、マルカ様、ヤーリン様の三名のほうが恐ろしいかと。次にウィアードと関わることがあれば名誉挽回の意味を込めて、相当に躍進することが予想されます」 「…それは、怖いな」  まさに想像しただけで身震いしてしまう。特にその三人ってアプローチが露骨だし。  取り合わず、俺はその事は考えないことにした。未来に起こりうる困難は未来の俺に任せよう。今はとにかく『グライダー』事件を解決させなければ。  気を取り直した俺は四人に色々と指導を受けながら、まかりなりにもギルド仕込みの本格的なフォーメーションや作戦を組み立て始めた。  ◇  それから二時間は経っただろうか。  四人から次々にされる専門的な質問攻めにあたふたしながらも応答を繰り返しているうちに、シュミレーションがどんどんと濃密なものになっていく。尤もそれが終わる頃には俺は慣れぬ軍略会議のせいで精神的に疲労困憊だったが。  やがて全員が一先ず納得できるだけのウィアードの情報を把握すると、一旦会議はお開きになった。 「じゃあ、早速今日の夜に出発するけど、大丈夫?」 「兵は拙速を尊ぶと申します。自分は今からと言われても問題なく出動できます」  とはいってもウィアードは夜にならないと現れないのがほとんどだから、今から現地入りしても暇を持て余してしまう。ま、そんな事は百も承知で自分の意気込みを言っただけだと思うけど。 「じゃあそれぞれ準備して日の入り後に出発しようか」  全員が満ち満ちた表情のもと、了解と返事をしてくれた。各々が部屋を出ていく中で俺はサーシャだけを呼び止めた。 「それとさ、サーシャ」 「はい。なんでしょうか?」  キッとした仕事顔から、もう少し柔和な顔に戻ってくれたのが助かる。とは言え、アレだ。どの道、美人だからそう長く直視はできないのだけれど。 「今度は『サモン議会』の事を聞いてみたいんだけど、いつがいいとかある?」 「そういう事でしたら、今すぐにでも」  天使の微笑みと共にサーシャはそう告げた。 「え? 大丈夫なの?」 「もちろんです。一緒に参りましょう、わたくしの部屋でいいですか?」  サーシャが良いというのであれば俺には断る理由があるはずもない。いつかのウィアード対策室での帰り道のように二人で並び、『中立の家』の廊下を歩き始めた。窓からは午後の陽ざしが差し込み、サーシャの白い翼と金色の髪を照らす。  やっぱりどこかの宗教画のようにやけに神々しさを覚えてしまった。
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