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『サモン議会』のサーシャ
「どうぞ」
「お邪魔します」
サーシャがドアを開けて促してくれたので、俺は先んじて彼女の部屋に入った。こうやってギルドの話を聞くために他のみんなの部屋に尋ねている。だから並大抵の部屋では驚かないというよく分からない自信があった。
彼女の性格から色々と勝手な妄想はしていた。
お堅いイメージに頼れば大量の書籍や書類の部屋。
生真面目な性格から察すれば、整理整頓が行き届いた埃一つない部屋。
いや、案外ファンシーさや可愛らしさに溢れた女の子らしい部屋だったり?
とまあ、そんな空想に思いをはせていた。だからこそ、サーシャの部屋に入った瞬間、飛び込んできた彼女の部屋の様子につい、
「お、おお…」
などと存外失礼な反応をしてしまった。
ところがサーシャはそんな俺を叱るでもなく、いつものことですと言わんばかりにクスリと笑っただけだった。
「驚かれましたか?」
「ちょっと、ね」
「わたくしの部屋を尋ねる方は大体がそうですから気になさらないでください」
サーシャの部屋はドアを開けてすぐにマットが敷いてあり、そこで履物を脱ぐように促された。とは言え俺が感嘆の声を漏らしたのは、部屋に上がるのに久々に靴を脱いだからじゃない。
部屋の中に何もなかったからだ。
まあ、厳密に言えば、何もないわけじゃない。
白を基調とした部屋の中には中央に青いテーブルと二脚の椅子。そして窓の縁に青い花瓶が一つ置いてあるだけだった。それ以外は一切、物が置いてなかった。上がった時にちらりと見えた備え付けのキッチンも変わり映えしない程極端に物が少なかったから、きっと寝室だって同じようなものだろう。
所謂、ミニマリストと言う奴か。
開けられた窓から吹き込む風が真っ白のカーテンをそよがせている。なんだかモデルハウスの写真を見ているような気分だ。ヱデンキアにもこういう人がいるんだなぁ。
まあ、ある意味サーシャらしいとは思うが、こう来るとは流石に思っていなかった。
「引っ越しが終わってない訳じゃないよね?」
念のため、そんな事を聞いてみた。
「ええ。昔からこのような部屋が好きなんです」
「けど、仕事とかは?」
「全ての行動はそれを行うための場所でやるのが最も適しています。仕事ならば事務所、読書であれば図書室。自室で行うべきは休息ですから、このような形が一番良いのです。自宅で仕事をするようになっては精神衛生上、好ましくありません」
「そう、だね」
わかるような、わからないような理屈だ。
「お掛けになってください」
「はい」
サーシャは俺を椅子に座らせるとすぐにキッチンへ引き返した。しばらくして白いマグカップに入ったお茶を持ってくると、それをテーブルに置き、そして俺の正面の椅子へ座った。
教科書のように背筋を伸ばし、厳かな姿勢と強かな視線をこっちに向けてきている。
…。
え? 何これ? 面接?
「さて何からお話しましょうか」
「よ、よろしくお願いします」
ついついそんな挨拶をしてしまうような雰囲気だ。
「…むしろ、ヲルカ君から話を聞いた方が良いでしょうか?」
あ。この流れ知ってる。俺のギルドに対しての意見を言わされた挙句、怒られたり泣かれたり殴られそうになったりするヤツだ。
「ヲルカ君は『サモン議会』に対して、どのようなイメージを持っていますか?」
その質問に俺はサーシャに負けぬ微笑みを返した。そして鼻から肺に思い切り空気を吸い込んで、一息で吐き出すように言った。
「堅物、融通きかない、クソ真面目、法律に縛られて生きている、規則が大事で人情味が薄いから近寄りがたい。その癖、都合が悪くなると法律の裏をかいて責任逃れする。それから、」
俺は最後まで言えなかった。
恐るべき速さでサーシャの両手が顔面に迫ってきたからだ。気が付けば俺は両頬を思い切りつねられていたのだ。
「痛い痛い」
「いけませんよ。仮にそう思っていたとしても少しはオブラートに包まないと」
「すみません」
ひりひりとする頬を撫でながら謝った。するとサーシャは部屋の中をグルグルと歩きながら深刻そうな顔で思い悩み始めた。
「しかし、これは由々しき事態です。『サモン議会』に対して、これほどまでの誤解を抱いているとは非常に残念です。齟齬と誤解を早急に修正する必要があります」
やがて考えがまとまったのか、ぴたりと足を止めると俺の方に向き直って笑顔で告げた。
「散歩をしませんか、ヲルカ君」
「散歩?」
「はい。その方が話もしやすいでしょうし」
「まあ、サーシャがそういうなら」
「では参りましょう、掴まってください」
「掴まる?」
靴を履こうと立ち上がると、意味の分からない事を言われた。どういう事かと聞き返そうとした瞬間、俺はいつぞやのようにサーシャに抱きかかえられてしまった。そしていつぞやの時のように、着痩せして服の上からでは想像できないくらいにふくよかな胸の感触が伝わる。ただ、いつぞやの時よりも俺の背が伸びていて押し当てられているのが顔じゃないのが、なんとも…。
などと暢気なことを考えられたのはその時までだった。
それからすぐにサーシャごと宙に浮かんだ俺は、無重力で股間が縮み上がるあのなんとも形容しがたい感覚に堪え、はるか上空に連れていかれるという無防備な状況に絶叫しないように耐えるばかりだった。
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