ギルドマスターとしての生活:結託

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 するとその時。ヤーリンが申し訳なさそうに手を挙げ、おっかなびっくりとした声を出してきた。 「あ、あの~」 「何でしょうか、ヤーリンさん?」 「協力という事でしたらヲルカの事で皆さんにお願いというか、注意喚起みたいな事があるんですけど」 「伺いましょう。ヲルカ君の事であるならば尚更です」  そう言ってサーシャはいつも通りの雰囲気を取り戻して姿勢よく座り直した。彼女にしてみればつい取り乱してしまった失態を取り繕うのに絶好のテーマと機会だった。 他の皆も一端、息を整えてヤーリンの言葉を待つ。 「明日の朝、ヲルカのテンションがすごい高いと思うんですけど、何とかして絶対に休ませてあげてください」 「テンションが高い、ですか?」 「はい。ヲルカは昔から好きな事とか興味のあることをとことん突き詰めて、偶に今日みたいな青い顔になるんです。一晩寝ると一見は元気なったように見えるんですけど…それに騙されて普通に接しちゃうと二、三日寝込むくらいの熱を出します」 「ふむ。儂らは最近のヲルカしか知らぬからな。幼馴染のお主の訓告は素直に受け入れよう」 「実に『ランプラー組』にうってつけの性格だね」  と、ラトネッカリは言った。その発言に全員の肩がピクリと反応する。  正直に言って彼女のいう事は的を得ていたからだ。極めて客観的に判断すればヲルカ自身の性格や態度は実に『ランプラー組』に高い適性を持つだろう。知識、洞察、研究、開発などなど、ウィアードに対して抱いている【好奇心】は『ランプラー組』の心情であり、真骨頂だからだ。 「ヲ、ヲルカは数学苦手ですから…」  ヤーリンはよく分からない負け惜しみを言った。  そしてマルカが話を本題に戻す。 「ま、何はともあれヤーリンちゃんの言う通り明日はヲル君を休ませてあげましょう。そうでなくともヲル君は働き過ぎだよ」 「三日も熱出されたんじゃ溜まったもんじゃないしな。丁度いいんじゃないの?」 「みんなも明日はオフにしちゃったら? ヲル君の事は心配しないで。療養と看護だったら『マドゴン院』のアタシに任せてよ」 「…そんな抜け駆けを許すとでも?」 「ううん。言ってみただけ~。けど本当に体調が悪そうだったら、ちゃんと治療するから大人しく引き下がってよね」 「ふふふ。そこまで子供染みた真似はしないよ」  ところがその時、ナグワーが初めて口を開いて異を唱えた。 「しかし自分はその場合でも二人きりになる事は賛同しかねます」 「あら? 言うじゃない。早速信頼と協力関係はおしまい?」 「いえ、その逆であります。隊長と二人きりになる機会があると全員の猜疑心を助長する可能性が高いです。そこで一つ提案があります」 「どんな?」 「自分たちは幸い十人おり、二人一組を五つ作れます。五組もあれば本来の業務に加え看護、警備、休養などのローテーションも組み易く、また単独行動の防止が可能です。あえて悪く言えば相互監視であります。それを踏まえて改めて提案を申しますと、マルカさんにはこの中から一人、信頼のおける人物を選出頂きたく存じます。もしもいらっしゃらないのであれば、この提案は棄却いたします」 「…」  ナグワーの意見にヤーリンは目を丸くして驚いた。それは提案の内容ではなく、論法に対してだ。マルカの簡単な挑発を逆手に取って協力関係という旗印のもと、自分のテリトリーにうまく引きずり込んでいる。  マルカはこれを断れない。断ればこの『中立の家』の中で確実に孤立してしまうからだ。  けれども。そのマルカは別段取り乱したり焦ったりする様子もなく、ただ意味深に「うふふ」と笑った。そして顔はナグワーに向けたまま、ピンっとある人物を指さして言った。 「ならアタシはワドを指名しようかしら」 「!」 「OK。ならオレとマルカがペアだな」  この二人を除いた八人が緊張した。それには二つの意味がある。  まずマルカとワドワーレの決断が早すぎるという事。まるでこうなる事を予見していたか、さもなくば最初から組んでいたように息が合い過ぎている。  そしてもう一つ。組み合わさったのが『ワドルドーベ家』と『マドゴン院』というヱデンキアの中において、いわゆる裏社会や闇世界に精通しているギルド同士という点においてだった。二人から醸し出されるきな臭さは生半可なものではない。  だが、ナグワーの提案が表向きは成立していたために今更になって反論を唱える者はいなかった。  そしてせめてもの意趣返しか、ナグワーが追加で提案する。 「…でしたら次はワドワーレさんがどなたかをご指名ください。その方がペアを選び、成立したらこの手順を繰り返す。それで如何でしょう?」 「ああ、それでいいよ。ならヤーリン、相手を決めて」 「え? 私ですか?」 「そう」  そう言われてナグワーは自分が悪手を打ったと後悔した。この事態に敏く感づいた他の誰かであれば上手くごねて自分の提案を白紙に戻すか、あるいはそれに満たなくてもワドワーレとマルカのコンビを解消される手立てを打てたかもしれないと。  しかし、残念ながらヤーリンではその起死回生の一手を打つことは無理だった。場数が違い過ぎる。仮に気が付いていたとしてもこの流れを止める論調を組み立てることは不可能だろう。  案の定、ヤーリンは突然に指名された緊張から大して熟考することもなく、次いで謀略とは縁遠そうなアルルの名を指名した。 「ウ、ウチで良ければ」 「はい、決定。おめでとう」 「パチパチ~」 「…」  マルカとワドワーレは取って付けた様な拍手をする。  立て続けに二組も成立してしまえば、この流れを遮るのはかえって不自然だ。皆は心に棘を残したままにペアを選ぶ。こうなればせめて上等な相手を選ぶ他に道はなかった。 「…じゃあ次はサーシャさんで」 「承知しました…ではタネモネさん。如何でしょうか?」 「異論はない。我も貴殿を選ぼうと思っていた。我はハヴァ殿を指名しよう」 「畏まりました。私達はラトネッカリ様をご指名いたします」 「お目が高い! その選択が正解であることを必ずや証明してみせよう!」 「という事は必然的に儂とナグワーが組じゃのう」 「謹んでお受けいたします」  かくして『中立の家』の中に五つの組が生まれた。  十人は小休止を挟んだ後。席はそのままで、ひとまず明日からのヲルカの休ませ方と接し方について順番や役割などなどを決め始めたのだった。

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