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「登……登!」
どこからか祖母の咲の声がする。
「今行くよ。ん?どこだ?」
「ここだよ。心置き場。地下の収納庫においで」
「うえぇ」
空気がびりっと震えたのを感じ、登は左目につけた眼帯を軽く引っ掻いた。
山田家には心置き場と呼ばれる一角がある。
人が心を残したモノ、何らかの理由で心を宿したモノを保管し、時には封じる。
咲はいわくつきのモノを愛でる強靭な変人だが、中には相当に危険なモノもある。
心置き場の地下には、世の中に出回ってはいけないそれらを厳重に押しこめてある。
登は数回しかそこに入ったことはない。
あまり関わりたくないのが本心だった。
「あー、地下ね。登ちゃん行ってらっしゃい。私は遠慮する。あそこのモノはみんなすっごいえんがちょだもん」
妹の瑚珠が大げさに指を交差させてあとずさった。
「俺だったらいいのかよ。だいたい、俺はこの間まで心置き場にも入れてもらえなかったじゃねぇか。何年前かは昼寝してたら全身にお経書かれておふだ貼られてさ。消えるまで何日も外に出られなかったんだぞ?」
「それは登ちゃんが修行もせずに、無意識に何もかも消し飛ばしちゃってたからだよ。心置き場のモノたちは今でも登ちゃんが入ってくるとザワザワするんだから。でも最近は何が良いかダメかぐらいわかるでしょ?さ、私はこれから谷川君とごはん食べに行くんだー。ほら、とっとと行かないと咲ばあちゃん気が短いよー。軽くでこぴんされただけで眉間撃ち抜かれて戦闘不能だから」
「さっき晩飯食ったばかりじゃねぇか」
恐ろしいことに、このマイペースで異次元ポケットの胃を持つ瑚珠には彼氏がいる。
二人がデートでどこに行き何を食べるのか、登はいつも気が気でない。
まともな人間なら、瑚珠の食欲を見ただけで近づこうとはしないだろう。
それにも関わらず、谷川睦月はしょっちゅうやってきては瑚珠を食事に連れ出したり、家でも食事風景を嬉しそうに眺めている。
とんでもない大物か、何かが抜け落ちているに違いない。
玄関の呼び鈴が鳴ると同時に。
「こんばんはー!」
「呼び鈴の意味ねぇよな」
登はぼそっと呟く。
谷川の声に呼び鈴の音がかき消された。
ついでに言えば、二メートル近い巨体だ。
大柄な登が見上げなければならない日本人は滅多にいない。
「あっ、お兄さん!今日もいい天気ですね!」
谷川はいつでも暇そうで調子がいい。
「俺はあんたの兄さんじゃない。ついでに言えば今は大みそかの晩で極寒だ」
登も大雑把な方だが、ご機嫌でない日もある。
「お兄さん、雨さえ降ってなきゃいい天気ですよ、かたいこと言わずに」
なぜこの男が瑚珠と気が合うのかはわかる。
全てを気にしない性格と身体だからだ。
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