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「いい雰囲気のところすみませんが」
登が地の底を這うような棒読みで二人を手招いた。
「谷川!角んとこ押さえといて」
「はい、ここですかお兄さん」
「お兄さんじゃねぇ。それ、俺の上着だよ。こっちの紙!」
「登ちゃん!谷川君に何かあったらどうするの!」
「あぁ?こんなに頑丈なやつだよ。このくらい大丈夫だろ?」
「突然悪かったね、谷川君。昔の葉書にあった傷から力がもれちゃってね。修復なら私たちでできるけれど、またいつ同じことが起こるかわからない。この葉書、実は谷川家の先々代からのモノでね」
「ありゃ。うちのご先祖様、何か悪さしましたか?」
谷川は心底すまなそうに咲に頭を下げた。
谷川家の先々代は、この咲に匹敵するほどの言葉の力の使い手だった。
「違う違う、この葉書は何のことはない、年賀状なんだけれど。こめられた力が強すぎてね。そうすると、心のこもった祝詞が呪詞の働きをしてしまうこともある。ここにある他のモノたちがその力を欲しがってちょっとばかり暴れてね」
咲の言葉は穏やかだが、登が口を挟んだ。
「ちょっとなんて次元じゃなかったぞ。もれたところは押しこんで傷は塞いだけど、大変だったんだぞ」
登の手には、無数のひっかき傷ができている。
瑚珠は内心胸を撫でおろしていた。
この地下に封印された凶悪なモノたちが一斉に動き出したとしたら。
自分なら太刀打ちできただろうかと考えてみる。
瑚珠は早々に思考を放棄した。
「ホッとしているところ申し訳ないけどね。瑚珠、モノたちの心を鎮めといておくれ。念のためだよ」
「咲ばあちゃん……デート……」
瑚珠はしおしおにしおれている。
「谷川君、本当にすまないね。谷川家の直系のあなたがいた方が、葉書の力もおさえられるだろうと思ってね。もう少しだけ瑚珠につきあってあげてくれないかい?」
「もちろんです!少しだけなんて言いませんよ、最後まで!」
大真面目な顔で谷川は拳を握りしめた。
咲は微笑みながら、登は何となく面白くなさそうな顔で、二人を残して階段を上がっていった。
「谷川君、ごめんねー」
瑚珠は谷川に頭を下げた。
「瑚珠ちゃんが謝ることじゃないね、よくあることだよ。そもそもうちのせいだもんね」
「よくあるの?」
「あるよー。特に先々代がらみのことはしょっちゅうでね。いや、全然悪い人じゃないって言うか、びっくりするくらい善人だったんだけど、力があるって自覚がなかったらしくて」
「あー、よくわかる。いるよね、そんな人」
瑚珠がうんうんと頷いていると、思ってもいなかった部屋の隅から力が迸った。
「!!」
瑚珠は考えるより先に動いていた。
とっさに、飛んできたモノを掴み取っていた。
ゆっくりと開いた掌の中には、ねじ曲がった木片のようなモノがあった。
黒焦げで原型は留めていない。
「貸して」
谷川は有無を言わせずその塊をつまみあげ、瑚珠の手を確かめてほっと息をついた。
「無茶をする。でも、無事でよかった」
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