祝と呪

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「『宵闇の大桜』はね、触れてはならないものだった。年月を経て心を持っていたからね。空襲の時にはたくさんの人を護ったそうだ。切ろうとした人々もいたがことごとくこの世からいなくなった」 咲は淡々と話したが、それだけに心が冷えていくようだった。 「道をつくるために切ったそうだが、その道は今は使われていない。工事の時にもその後も、事故が絶えなかったそうだ。どれだけお祓いをしても、止むことはなかった。一部を保存して祀っていた家も絶えた。それでうちにやってくることになったのだけど、この桜は私には心を開くことはなかった。声を聞いてあげられたのは瑚珠だけだったんだよ」 さすがに登は驚いて尋ねた。 「そんなこともあるんだな。それにしても瑚珠がモノの心を祓うのは珍しいな」 瑚珠は、谷川から黒焦げの残骸を受け取って撫でた。 「この子は前々からもう自分の生を終わらせようとしていたんだ。人が言うほど呪われたモノなんかじゃない。でも私にはずっとできなかったんだよ、この子の痛みを知ってたから。今、谷川君ちの先々代から力をもらって、私に力を使わせるために飛び込んできた。ごめんね、乱暴だったね……どうか安らかに、ね」 常々、祖母や妹の力の強さを見せつけられている登にしても、咲が瑚珠の力を特別視する意味がわからずにいた。 自分なら同じことができたとしても、おそらく身体のどこかを持っていかれただろう。 「登ちゃん!おなかすいた!」 瑚珠が叫ぶ。 そうか、これがあったな、と登は苦笑した。 この化け物じみた食欲だけならば笑って見ていられると思う。 「年越し蕎麦が……」 登の言葉が終わらないうちに、瑚珠は踊るように台所へと駆けて行き、咲も笑いながら階段を上がっていった。 「少しだけ時間をくれ」 登は谷川と向き合った。 「なあ、谷川。瑚珠と出逢ったのは偶然か?」 登の突然の言葉にも、谷川は動じず微笑した。 「偶然……とは言えません。よく当たる占い師の噂が流れてきて、その名が山田だと聞いたから興味を持ちました。うちとは縁の深い名前ですから」 「家のために瑚珠を利用するつもりならやめといてあげてくれないか」 「お兄さん。僕はね、嘘のつけない体質です。たとえ話じゃない。嘘をつけば全部自分に痛みとなって返ってくる。僕は自分に与えられた言葉の力をいつも忌々しく思っていました。誰かと友だちになれるはずもなく、ましてやつき合う気にもなれなかった。でも瑚珠ちゃん、泣いてくれたんです。こんな哀しい力を知らないって。誰かといっしょにいれば、嘘をつかずに暮らすことは難しい。悪い嘘じゃない、傷つけないため、守るための嘘でも。そう言ってあの小さな手で僕の手を握ってくれたんです。それだけで僕の心をほどいてくれた。僕には瑚珠ちゃんしかいないんです」 4ed5b576-035a-4a56-8d77-5de7d85b3f5a
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