5章 皆、十字架を背負ってる

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5章 皆、十字架を背負ってる

 刑務所に行った日から一週間、目は日中であっても薄暗さが増し、世界が灰色に見え始めた。  学校にやってくると、校門前がなにやら騒がしい。生徒たちの何人かが私に気づき、「ほら、あの子じゃない?」「嘘、これマジ情報なの?」と話しているのが聞こえてきた。  嫌な予感が背筋を冷たく流れる。私が通るたびに左右に掃けていく生徒たちに、踏み出した足はどんどん重くなっていき、死刑台に登るような気持ちだった。  校門までやってくると、白い紙がびっしりと貼り付けられている。ごくりと唾を飲み込み、恐る恐る貼り紙に顔を近づけ、視力の落ちた目を凝らした。 【三葉陽菜の父親は小学生を殺そうとした犯罪者】 【三葉陽菜は犯罪者の娘】 【人殺しの娘を野放しにしていいのか】  私の顔写真とともに、必死に隠してきた私の過去が暴露されている。  一体、何人がこれを目にしたのだろう。きっと、学校中の人に知られてしまった。 「被害者の家族が不憫だよね」 「小学生を殺そうとしたなんて、生まれながらにしてサイコパスじゃん。その血を引いてるあの子も、犯罪者候補生ってとこ?」  生徒たちは犯罪者でも見るように、怯えと軽蔑と興味が入り混じった視線を私に向けてくる。 「ああ、あ……」  膝がひとりでに、がくがくと震えた。呼吸が荒くなり、肩が上下する。冷や汗でワイシャツが身体に張り付き、これは過呼吸だとぼんやりとした意識の中で思った。 「はあっ、はあっ、はあっ、ふーっ、ふーっ、うっ、げほっ、げほっ」  右手で口を押さえ、なんとか過呼吸を堪えようとすると、激しく咳き込んだ。その勢いで「おえっ」と吐いてしまう私に、みんなが軽く悲鳴をあげながら後ずさる。「汚ねえ」「先生呼んだほうがいいんじゃない?」と誰かが話している声にすら、気持ち悪さを感じた。  苦しい……っ、誰か……っ。  助けを求めるように手を伸ばすも、誰かが駆け寄ってくる様子はない。ただ、私を異質なものでも見るように眺めている。 「陽菜先輩……!」  意識を手放す間際、人垣を掻き分けるようにして走ってくる朝陽くんの姿が見えた気がした。  ***  意識が戻ると、私の顔を覗き込む朝陽くんと目が合った。 「よかった……っ、陽菜先輩、気づいたんですね……!」  泣きそうな表情で安堵している朝陽くんをぼーっと見つめたあと、室内に視線を巡らせる。どうやら私は、保健室のベッドにいるようだ。  身体を起こそうとしたら、頭がズキズキして顔をしかめる。額を押さえていると、朝陽くんに肩を押されてベッドに戻された。 「もう少し寝ていたほうがいいです」 「私……」  どうしてここにいるんだっけ。  そう思った瞬間、貼り紙のことが蘇る。みんなに過去を知られてしまい、過呼吸になった私は倒れたのだ。 「百瀬くんがここまで運んできてくれたのよ」  ベッドを囲っていたカーテンが開き、保健室の先生が入ってくる。 「目が覚めたのね。その……今日は結構な騒ぎになってしまったでしょう? お母さんに電話して、家に帰ったほうがいいと思うの」  先生は私から目を逸らし、言いにくそうにそう告げた。 「……お母さんに電話しても来ないと思うので、ひとりで帰ります」 「そ、そう? じゃあ、これ使って」  自分のデスクのほうへ歩いて行った先生は、パーカーを持って戻ってくる。 「私が顧問をやってるテニス部のウインドブレーカーよ。フードがついてるから、顔も隠せると思う」 「──なっ、陽菜先輩は犯罪者じゃないんですよ!」  怒ってくれる朝陽くんの腕に手を添えて、私は首を横に振る。 「いいの、慣れてるから。先生、ありがとうございます」  そう言ってウインドブレーカーを受け取れば、朝陽くんが「そんなことに慣れなくていい!」と声を荒げた。朝陽くんの剣幕に、私と先生は面食らう。 「陽菜先輩は堂々と胸張ってていいんです! ひっそりと生きていかなきゃいけないようなことなんて、なにひとつしてない! むしろ被害者だ!」 「朝陽くん、そうは言ってもね、世間はそういうふうには見てくれないのよ?」  子供に言い聞かせるように言う先生に、朝陽くんが厳しい目を向ける。 「悪いのは世間じゃなくて、なにも知らないくせに憶測と偏見で人を見る人間だろ。そういうやつらのために、陽菜先輩が罪人みたいな扱いを受けるのはおかしい」  拳を握りしめる朝陽くんに、先生がたじろぐ。穏やかな朝陽くんの激しい感情を目の当たりにした私は、泣きたいくらいうれしかった。 「そんなこと、私に言われても……」 「先生には関係ないことだって思ってます? でも、ここで陽菜先輩を隠そうとするということは、先生も陽菜先輩を世の中に出しちゃいけない人間だって、そういうレッテルを貼ったってことになるんですよ」 「そんな大げさな……」 「先生にとっては些細なことかもしれませんけど、なんてことないその言葉に、行動に、陽菜先輩は傷つくんです。もっと、陽菜先輩の立場に立って物事を見てください」  ──もう、いいんだよ、朝陽くん。  朝陽くんが私のために怒ってくれただけで、十分だった。 「僕たち子供は、自分の身を自分で守れないことがほとんどなんです。自力でなんとかできるならそうしたいけど、先生たち大人に守ってもらわなきゃならないことばっかりなんです!」  保健室に響き渡る朝陽くんの声が、私の心を震わせる。  味方なんていなかったこの世界で、初めて自分を理解してくれる人を見つけた気がした。私はこれまでも今も、彼に守られていた。ひとりで戦っていたわけではなかったんだ。 「朝陽くん」  名前を呼んで、彼の手をとる。 朝陽くんはこちらを見ないまま、「もういいよとか、言わないでくださいね」と釘を刺してきた。朝陽くんはまだ、言い足りないようだ。私のために、どれだけ言葉を重ねてくれようとしているのだろう。 「本当に、もういいんだ。朝陽くんがわかってくれたから」  それ以上を望んだら罰が当たる……というより、もう罰を受けているのかもしれない。 朝陽くんや薫っていう信頼できる人ができて、勘違いしていたのだ。こんな私でも、普通の女子高生のように暮らしてもいいんだって。だけど、それは違った。 「あの、しばらく学校には来れないと思うので、荷物をとりに行ってもいいですか?」  もしかしたら転校もあり得る。どのみち目も見えなくなるんだから、次の行き先は盲(もう)学校だろう。  そんなことを他人事のように考えてしまうのは、少しでも自分から切り離していないと、精神が耐えられないからだ。 「それは、もちろん……」 「ありがとうございます」  ベッドから出ると、くらりと眩暈がした。朝陽くんが「先輩!」と肩を支えてくれるが、その胸をそっと押し返して距離をとる。 「大丈夫」  なんとか笑みを返して、私はスクールバックを肩にかける。 「僕も一緒に行きま──」 「ごめん、来ないで」  朝陽くんの声を遮る。  みんなから後ろ指をさされる惨めな私を、彼に見られたくなかった。  私は頭痛を我慢しながら、保健室を出る。強めに拒絶したので、朝陽くんが追いかけてくる気配はない。  ひとりで二学年の廊下までやってくると、突き刺すような視線がいっせいに向けられた。心臓が止まりそうなほど恐ろしかったが、竦みそうになる足を気力だけで前に出す。ひそひそとみんなが話している中を下を向いて進んだ。 「人殺し!」  ばしっと、背中になにかが当たる。振り向けば、足元に男物の筆箱が落ちていた。廊下の先に筆箱の持ち主だろう男子生徒がおり、「平然と学校に来てんなよな」と私を責める。  慣れているはずだった。それでも、心は何度でも切り刻まれるみたいに痛む。  私はその男子から視線を外し、ゆっくりと教室に向かって歩き出した。男子生徒が「無視かよ! 犯罪者の娘の分際で!」と叫んでいたが、聞こえないふりをして歩き続ける。  その間も私はぞうきんをぶつけられ、バケツの水をかけられ、挙句の果てに足を引っかけられて廊下に転んだ。それでも、なにも感じていないかのように淡々と起き上がり、足を動かす。  そして、ガラガラガラッと教室のドアを開けると、一気に空気が凍りつく。クラスのみんなが私に注目していた。 「来た来た、殺人犯の子供」 「未遂だけどな。でもまさか、犯罪者家族がうちのクラスにいたなんて、驚きなんですけど」  男子たちが盛り上がっている一方で、女子たちは「怖いね」と教室の端や壁際に逃げて、私から距離をとっている。  同じグループだった愛美や志保たちからは……。 「犯罪者の娘だったなんて……よく平然と、うちらと話せるよね」 「うちらへの裏切りじゃん」 「人を殺そうとした人の娘と一緒にご飯食べてたとか、ありえないんですけど」 「父親が犯罪者とか、人生摘んでるじゃん。その娘と仲良くしてたなんて知られたら、うちらの将来も潰れるし。最低すぎるわ」  自分を責める声を聞きながら、侮蔑の視線に晒されながら、私は自分のロッカーの前でしゃがみ、荷物をまとめる。 『父親が犯罪者とか、人生摘んでるじゃん』   それって、犯罪者の娘には未来がないってこと?  ガラガラと足元が崩れ去っていくような感覚に襲われながら、荷物を抱えて教室を後にした。 「陽菜!」  私を追いかけてきたのは薫だった。彼女は目の前にやってくるなり、私の手をとって強く握りしめる。 「あんなの気にしちゃ駄目だよ? なにかのデマでしょ? 私、そういうの信じないから!」  薫は私を励ましたいだけだ。わかっているのに、必死に的外れな気遣いをされて、心は冷えていく一方だった。 「……デマじゃないよ。そう言ったら、薫は私から離れていく?」 「え……」  前にあるのは困惑顔。私の手を握っている薫の手から、少しだけ力が抜ける。それが口よりも正直な答えな気がした。 「犯罪者の娘と友達なんて、迷惑だよね。一緒にいてもいいことないし」 「そんなこと……っ」 「ないって言える⁉」  私は薫の手を振り払う。彼女の言葉を遮ったのは、その続きを誰よりも私が聞きたくなかったからだ。 「同情ならやめて、これ以上……っ、私を惨めにさせないで」  涙を堪えながら、私は駆け出す。  遠くに引っ越したら、やり直せるかもしれないなんて幻想だった。結局、どこまでもお父さんの罪はついて回るのだ。  自分から他人に理解されようなんて、 何度も裏切られてきたのにどうして思ってしまったんだろう。  薫の戸惑った目が脳裏にこびりついて離れない。みんなの噂話よりも、軽蔑の眼差しよりも、薫が離れていってしまうことのほうが堪えた。  頑張ろうと思っても、こうしてすぐに打ちのめされる。普通になるためにしてきたこれまでの努力が全部、水の泡になった。  借りたウインドブレーカーのフードを被って下駄箱まで来ると、「陽菜先輩!」と声がした。顔を上げれば、息を切らした朝陽くんの姿がある。 「教室に行ったらいなかったので、探しました……っ」 「追いかけてこなくてよかったのに。どうせ、これから学校には来れなくなるし、私と仲良くしても、朝陽くんにはなんの得もなくなるよ」 「陽菜先輩、それ本気で言ってるんですか? 損得で僕が陽菜先輩と仲良くしてたって、そう思ってるんですか?」  朝陽くんは違う、ちゃんとわかっているけど……裏切られたくないから、私は朝陽くんの善意を信じたくない。  朝陽くんは私の希望の光だった。でも……失う絶望を知る前に、私は自分から手放す。 「先輩の噂を知って、軽蔑する人ばかりじゃない。平良先輩なら、ちゃんと話せば理解してくれるはずだ!」 「どうして、そんなこと言い切れるの? 綺麗事なんて、もう聞きたくないっ。どれだけ仲良くしてても、私の背負う罪を知れば、手のひら返すみたいに、みんな離れていく。そう心づもりしておけば、失ったときの痛みは最小限で済むの! だから……もう、期待させないで……っ」  声の限りそう叫んで、私は勢いよく地面を蹴った。  どんなに頑張っても罪からは逃れられない、報われない。もう、それでいい。希望も期待も持ちたくない。  私にとっての希望だった朝陽くんから逃げるように走ると、そのまま学校を飛び出した。 ***  ──遠くに行きたい。  私のことを知らない人たちが住む場所に行きたい。でも、そんな場所あるわけない。私はきっと……生まれてくる世界を間違えたんだ。 「ああ、なら……別の世界に行かなくちゃ駄目か……」  そう思って足が向いたのは、少し先にある大きな道路。行き交う車を眺めながら、赤信号の横断歩道の前で立ち止まる。 「お姉さん、今にも飛び込みそうだね」  声をかけられて、私はゆっくりと振り向く。隣には黒髪で眼鏡をかけた大人しそうな男の子が立っており、虚ろな目で道路を見つめたまま爪を噛んでいた。  驚くべきことに、その子が着ているのは、私が引っ越す前に通っていた田舎の中学の制服だった。 「な、なんで……」  ひとつの可能性が頭に浮かび、私は「まさか……」と後ずさる。 「青砥聖也さん、ですか……?」  彼はそこでようやく、私を見た。彼の双眼に光がないのは、やはりあの事件のせいだろうか。そこまで深い傷を心に負ってしまったのだろうか。 「そう、僕が青砥聖也。毎年手紙、ご苦労様。だけどあれ、紙の無駄だと思わない?」 「それは……すみません。あれくらいしか、父がしたことを償う方法が見つからなくて……っ」  深々と頭を下げると、青砥さんは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。顔を上げれば、狂気を孕んだ笑みがそこにあった。 「そんなことより、手っ取り早く償う方法があるよ」  そんな方法があるなら教えてほしい。それで早く、この贖い地獄から抜け出したい。抱くだけ無駄だと何度も思うのに、懲りずに救われたいがための希望が芽生えてしまい、私は縋るように青砥さんを見上げる。 「僕と同じように、居場所を失うかもしれない恐怖に押し潰されればいい」 「え……それって……もしかして……あの張り紙、は……」 「校門に張り紙を貼ったのは僕だよ。場所を変えて、自分だけ新しい人生を始めようなんて許されないよ。きみのお父さんが僕になにをしたのか、わかってるよね?」  ──ああ、罪が私をどこまでも追いかけてくる。青砥さんは、その象徴そのものだ。 「……っ、それは本当に、申し訳ないと思っています……」  再び頭を下げると、強い力で肩を掴まれた。痛みに眉を寄せれば、青砥さんが下から顔を覗き込んでくる。 「本当に申し訳ないと思うなら、死んでよ」  青砥さんの言葉は、深く胸に突き刺さる。 「死にたいと思ったから、ここにいるんじゃないの?」  そう言われて、どくんっと心臓が跳ねた。私は死にたかったんだと、青砥さんに指摘されて気づいてしまったのだ。  別の世界って、あの世ってことだったんだ。この世界にはもう、私の居場所はないってこと。  私は自嘲的に笑い、憎らしいくらい青い空を仰ぐ。まるで、私の死を祝福するような清々しい空だった。  隣を見ると、すでに青砥さんの姿はなかった。彼はさながら、罪から逃げようとした私を断罪する死神みたいなものだろうか。 「……もう、いいよね?」  だって私、頑張ったと思うんだ。自分の居場所を守るために、お父さんの罪を贖うために、生きていくために、できることはなんでもした。 「もう、疲れたよ……」  きっと青砥さんは、終わりにすることを許してくれたんだ。だから、この死をもって罪は清算されるって、そう教えてくれたんだ。 「さようなら……」  お父さん、お母さん、薫、そして──。 「朝陽くん……」  彼の名前を呼んだら、なぜか涙がひとしずく頬を伝った。  なんの恐怖もなかった。解放される安堵感だけを胸に、道路に向かって足を踏み出そうとしたとき──。 「なにしてるんだ!」  後ろから誰かに抱きしめられ、強い力で歩道に戻された。そのまま一緒に地面に座り込むと、道行く人が驚いたようにこちらを振り返る。でも、そんなこと些細なことだった。私にとっては、死ぬ機会を逃したことのほうが恐ろしかったから。 「なんで私……まだ生きてるの? やめてよ……なんで止めるの? 離してよ……離して!」  暴れて腕の中から逃れようとするけれど、私を離さないとばかりに抱きしめる力は強くなる。 「私はっ、遠い世界に行くの! 誰も私を知らない場所に行くの! 邪魔しないで……っ」 「……っ、無理だ。離したら陽菜先輩、その遠いところにある世界に行っちゃうんだろ? だったら、絶対に逃がさない」 「なんでよ⁉ 私みたいなやつは死んだほうがいいんでしょ⁉」  泣き叫びながら、私は振り返る。すると、私を助けた彼も……朝陽くんも、目に涙を浮かべながら叫んだ。 「皆、大なり小なり十字架を背負ってるんだよ! 消えない過去を何度も思い出して、自分みたいなのが平然と生きてていいのかって悩むんだよ!」  朝陽くんの荒波のような感情が、私の悲しみをさらっていくように胸に押し寄せてくる。 「死んで逃げるのは簡単だけど、陽菜先輩はこれまでそうしなかった! その間、何度死にたいと思っても、あなたは逃げなかった! 生きているだけで、陽菜先輩は罪に向き合ってるんだよ!」  光のような優しさに包まれて、先ほどの絶望に冷えきったものとは違い、温かな涙が溢れた。 「陽菜先輩、頼むから生きてくれ……っ、生きる理由を見失ってしまったなら、僕のためにこの世界にいてほしいんだ……っ」  この真っ暗で醜い世界の中で唯一、朝陽くんがぽろぽろと流す涙は眩しくて綺麗だと思えた。 「私に生きててほしい、なんて……そんな酔狂なことを思う人、朝陽くんくらいだよ……」 「僕だけじゃ駄目ですか?」  私は「ううん」と首を横に振る。この世界で私の心を動かせる人間がいるとしたら、朝陽くんだけだ。 「朝陽くんが望んでくれるから……私は性懲りもなく、諦め悪く、この世界に留まってしまうんだと思う……」 「陽菜先輩、今まで経験したつらかった過去よりも、これから作る過去のほうが多くなるんです。だから、自己満足でもいい、罪を昇華しながら生きていこう」 「朝陽くん……」 「陽菜先輩は、犠牲者だ。本来であれば、陽菜先輩が背負うべきじゃないと、僕は思う。でも、それはできないんだよね?」 「うん……家族だから……」  保健室の先生が言ったみたいに世間は関係ないとは見ないし、私自身の良心が知らんふりすることを許さない。 「それならなおさら、お父さんが罪を犯した理由を知るべきだ。どうしてそんなことをしたのか、それを知ってから、陽菜先輩なりの罪への向き合い方を探すんだ」 「罪を昇華しながら生きていくために?」  朝陽くんはそうだとばかりに強く頷き、私の涙を両手で拭う。 「もう一度、お父さんのところに行こう」  励ますように笑う朝陽くんはやっぱり眩しくて、私は目を細める。その光を見つめるだけで、不思議なくらい心は上向いた。  
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