走れキヨシ

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 そして今日の授業は終わった。あとは帰りの会だけだ。日直の清志は前に出て帰りの会の司会を始めた。 「係や委員会からの連絡はありますか? なければ先生、お願いします」  あとは担任が連絡事項などを話せば終わりだ。それが終わったら芹那にお礼を言いに行こう。清志はその事ばかり考えて落ち着かなかった。 「えー、みなさんにお知らせがあります」  担任が話し始めた。 「芹那さん、前へ」 「はい」  担任に言われ芹那が前に出てきた。委員会の連絡でもなさそうだ。清志は不思議そうに芹那を見た。 「残念ですが、芹那さんは転校する事になりました。みんなには”学級委員長について”という題名で作文を書いてもらいました。これはみんなから芹那さんへの送る言葉として芹那さんへプレゼントします。芹那さん、家に帰ってゆっくり読んで下さいね」 「はい。みなさん、ありがとうございます」  少し涙ぐみ芹那は深々とお辞儀をした。いつもの凛とした芹那ではなかった。  清志は呆然と芹那を見つめた。転校してしまうのか。もう会えないのか。とても信じられなかった。そして清志が呆然としている間に帰りの会は終わった。みんなが「さようなら」の挨拶をして帰り始めた。  担任が家まで作文を取りにいかせた理由が分かった。どうしても今日芹那に全員からの作文を渡したかったからだ。  清志は担任に感謝した。取りに行かせてもらえて良かった。取りに行かなかったら自分だけ芹那に作文を渡せなかった。ちゃんと渡せて良かった。でもそうだったら最初に書いた作文でも良かった。そう思った時、清志はポケットの中に丸めた原稿用紙がある事を思い出した。  ハッとして教室内を見回した。芹那はもういなかった。窓の外を見ると女子たちに囲まれ話をしながら帰ろうとしている芹那がいた。    そうだ、お礼を言っていなかった。日直をやってくれたお礼を。言わなきゃ。今日言わなきゃ一生言えない。そう思った清志は走り出した。教室のドアを乱暴に開け、廊下を走り清志は外に出た。 「芹那!」  大声で芹那を呼んだ。気付いて振り向いた芹那の目は赤かった。友達と別れを惜しんでいたようだ。そんな芹那の前に清志は立った。 「芹那! 今日は日直変わってくれてありがとう!」 「ううん。別にいいよ。最後に日直出来て嬉しかったよ」  そう言って優しく微笑む芹那。この笑顔にもう会えないと思った清志はポケットからくしゃくしゃの原稿用紙を取り出した。 「こっちが本物だから」  無理矢理芹那の手に原稿用紙を押し付け、恥ずかしさを誤魔化すために話し始めた。 「ねえ、これから手品見に行こうよ」 「え? だって怪しいヤツだよ」 「手品見るだけならタダだろ。インチキグッズは買わなきゃいいじゃん。みんなで行こうよ」 「そうだね。みんなで見るだけ見てお金持って来ますって言って帰っちゃえばいいよね」 「うん、悪い大人はこっちが騙してやろう」 「面白そう! みんなで行こう!」  他の同級生たちも話にのった。クラスの殆どの子供が走り出した。公園に向かって。 〈終〉
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