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鷹巣清志は激怒した。邪知暴虐の担任にいつか言い返してやると決意した。清志は小学5年生だ。呑気で穏やかで同級生とケンカをした事もない心優しい子供だった。ただいい加減な所があった。今日は宿題の作文を提出する日なのに提出しなかった。担任には「家に忘れてきた」と言ったが実は書いていなかった。この場をやり過ごせれば家に帰ってから必ず書こう、そう固く心に誓った。しかし担任はこう言った。
「取りに行ってきなさい」
片道20分もかかるのだ。それを1人で行って来いと担任は命令した。令和の時代ではそんな事をしようものなら「途中で事故に遭ったらどうするんですか!」「誘拐されたらどう責任取るんですか!」と父兄たちが騒ぎ立てるだろう。しかし時は昭和。先生の言う事は絶対である。
「僕今日日直なんですけど……」
日直は授業の前と後に「起立! 礼!」とみんなに号令を掛け挨拶をさせる。先生にプリントを配れと言われればみんなに配る。授業に必要な教材を取りにいかされたりする。みんな嫌がる役割だ。
「鷹巣が帰って来るまで学級委員長がやりなさい」
「はい」
学級委員長は芹那だ。しとやかで成績優秀のしっかり者。そして可愛い。憧れている男子は清志だけではない。そんな芹那に仕事を押し付ける事に清志は心苦しさをおぼえた。
「鷹巣くん、気を付けてね」
しかし芹那はにっこり笑ってそう言った。
「うん、なるべく早く帰って来るから」
清志は同級生たちの同情の眼差しに見送られ教室を出た。芹那のためになるべく早く戻って来ようと心に誓った。
校門を出ると向かいの文房具屋のおじさんが店の前に椅子を置いて座っていた。
「おっ、早帰りか?」
「いえ……ちょっと……」
「なんだ、忘れ物か?」
「はい……」
「お前家は何処だ?」
「1丁目です」
「1番端っこじゃねえか。そりゃあご苦労だ。気を付けて行ってきな」
「はい……」
さも当たり前の日常風景のように文房具屋のおじさんは言った。責めるでも心配するでもなく。それはおじさんの気遣いだったのかもしれない。しかし清志は顔から火が出るほど恥ずかしかった。忘れん坊のおっちょこちょいな子供だと思われているに違いない。そう思った清志は走り出した。おっちょこちょいな上に脳天気な子供だと思われたくなかったからだ。
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