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ハロウィン(本編後番外)
『お菓子作りたいからうちに集合』
相変わらず突拍子のない事この上ない。でも、そんな彼女に付き合ってやれるのも自分くらいのものだろう。そんな自惚れみたいな無自覚に気づかないまま、返事のスタンプを一つ押した。
イベントと甘いものが好きな綾香は今年もハロウィンに因んだお菓子作りに励むらしい。去年は二人でホールケーキを作った。私の好きなチーズケーキと綾香が絶対譲れないと言った苺のタルト。苺ならショートケーキなら良かったのだけれど、綾香は生クリームが駄目なのだ。二人とも食べられるものじゃなきゃ意味がない。
「今年は原点回帰してクッキーでーす」
「アイシングとロックにアイスボックス。よくこんなに作る気になるね」
「だって、レシピ見ると全部生地の分量が違うんだもの」
凝り性の綾香は出来上がりの物によって生地を分けるらしい。数個用意されたボウルとそれぞれ前に置かれた付箋のメモ書き。これを私も手伝えってわけね。
言っても始まらない。かしょかしょとボウルと泡立て器のぶつかる音を立てながら、材料を混ぜ合わせる。振るった薄力粉が段々と卵黄の色を薄めた。
「そういえば、戸高くんには何か用意した?」
「綾香、ハロウィンはバレンタインじゃないよ」
あと、バレンタインでも用意はしないと思う。私は綾香ほどイベントに敏感ではないから。喜ぶような笑いを堪えるような、何とも言えない顔をしながら綾香は「そっかー……」と言ったきり黙り込む。
「うちと戸高くんの家近いの知ってるよね、実は毎年作ったものあげてるの。妹ちゃんにだけどね」
「あー……私も行けって話?」
「真波もどう?ってお誘いの話」
実は、戸高くんとはあの後から少し気まずい。彼も彼で何を考えているのかわからないのだ。そんな人は綾香だけで手一杯。
「……真波が嫌がることなら、私しないから」
黙り込んだ私を気遣ったのか、彼女の気遣わしげな声が聞こえる。思わず苦笑いした。
「しおらしい綾香なんて綾香らしくないよ」
「もう、どういう意味?」
考えても仕方がない。そう言って会話を切り、クッキー作りに励んだ。考え癖のある私は思考と行動を切り離すのが少し上手いらしい。
「最初のが冷めるまで少し休憩ね」
まだ柔らかく崩れやすいクッキーをクッキングペーパーごと皿に載せて、冷めるのを待つ。まだフル稼働中のオーブンの音を聞きながら小休憩に入った。
ティーポットにお湯を注ぐ。手土産に持ってきた茶葉は二人ともお気に入りの味だ。ストレートを冷ます私の前で綾香がティーカップにミルクと砂糖を溶かす。
「これだけ甘い匂いの中じゃ、ミルクティーはキツくない?」
「ストレート飲むくらいなら緑茶にする」
「緑茶とクッキーか……合うのかな」
他愛のない会話をしているとインターホンが鳴った。セールスか、他に約束でもあったのか。目で追う綾香は内部電話で「今出ます」と言ったきり返事も待たずにそれを切った。
「真波、それ何枚か袋詰めしちゃってくれる?」
皿に並べられたクッキーはほんのり温かいが、触って崩れるほどではない。透明なラッピング袋にカボチャやコウモリの形に型抜きされたクッキーを詰める。
「誰が来たの?」
「真波も来て」
手を引かれ廊下を歩く。鉄の扉を開けると、そこには小さな魔女と狼男が立っていた。
「……戸高くん?」
「え、あ、え……!? 戸岐さん!?」
困惑の声を上げた狼男こと戸高くんと同じく困った私の間で、小さな魔女が「トリックオアトリート!」と声を上げる。
「はいはい、今年は魔女ちゃんなのね。相変わらず可愛いわ」
「あやかお姉ちゃんありがと!」
「戸高くんの分、私は持ってないわよ?」
含み笑いをした綾香が私に視線を向ける。手の中にあるビニル袋がかさりと音を立てた。
「あ、その、あー……と、……トリックオア、トリート……」
最後は消え入る声だった。頬を染め、恥ずかしげにそれを口にする戸高くんに同じくクッキーを渡す。
綾香はどう思うかわからないが、また戸高くんとの気まずい出来事が増えてしまった。魔女の後ろ姿を見送って、扉を閉める。
「ちょっと綾香!」
「私は戸高くんの家に行くとは言ってないわよ?」
「わざと会わせたの?」
私と戸高くんがくっつくといいと思った? そこまで聞きたかった。聞けなかったのは、私と彼女の曖昧な関係に名前がないからだ。
私は綾香と仲が良い。この関係に名前はないと思うけど、友情から少し外れたところにいる自覚はある。でも、深くは考えない。綾香はどうか知らないけど、私はそれで満足しているからだ。
きっとそれでは駄目なのだろう。
「勘違いしないでね、戸高くんの為じゃないから。私の為よ」
にこりと綾香が笑った。
「相手が幼馴染でも男でも、真波を譲る気ないの。女性と男性両方から好意を向けられて、異性も選択肢にある上で私を選んでもらいたかったから」
多分、選択を迫られているのだと思う。
「私は選ばれる自信あるもの」
綾香の強い声が、瞳が私を射抜いた。
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