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皓ちゃんに何の用?
でも、もしかしたら準備室に皓ちゃん以外の先生が居るのかも・・・。
化学の先生はみんな職員室を使っていて、準備室を使ってるのは皓ちゃんだけだった。ここはクラスが入る東館から離れていて移動が面倒だから。でももしかしたら、何か用があって来ているのかもしれない・・・。
そう思いながら僕は準備室のドアをノックした。そして開いたドアの向こうにいたのは・・・。
「奈津?どうした。先に帰ったんじゃないのか?」
皓ちゃんがいつもの調子で僕を部屋に入れてくれる。皓ちゃんが僕を『奈津』と呼ぶ時は、他に誰もいない時だ。案の定、中には誰もいなかった。だけど、中は甘ったるい匂いが立ち込めている。
嫌な匂い。
あの先生の匂いだ。
「奈津・・・」
ドアの鍵を閉め、当然のように後ろから抱きしめてくる皓ちゃん。だけど僕はその腕から身を捩って抜け出した。
「奈津?」
僕は皓ちゃんを拒んだことは無い。僕にとって皓ちゃんは絶対で、逆らうことなんて考えられないからだ。
それはそうやって教えられたからとか、何らかの力で支配されてるとかじゃなくて、僕がただ皓ちゃんの言う通りにしたいから。とにかく皓ちゃんの言うことを聞きたい。皓ちゃんの好きなようにしたい。そう思って、僕は皓ちゃんに従ってきた。だからこうやって皓ちゃんの腕から抜け出すなんて、初めてかもしれない。
「どうしたんだ?奈津」
初めての僕の態度に皓ちゃんは驚いた声を上げる。だけど僕はその問いには答えずに入ってきたドアに向かった。こんなところ嫌だ。
「奈津っ」
ドアに手をかけたところで皓ちゃんに捕まる。だけど僕はそれを咄嗟に振り払ってしまった。
「女の人の匂いがする皓ちゃんなんて嫌っ」
思わず出てしまった言葉に皓ちゃんの動きが止まる。その間に僕はまたドアを開けようとしたけどドアが開かない。
さっき皓ちゃん、鍵かけてた。
鍵を開けようと手を出したその時、その手を掴まれて引かれる。そしてあっという間に皓ちゃんの腕の中に抱き込まれてしまった。
ぎゅっと力が込められる腕の中で、僕は皓ちゃんの温もりに包まれる。
僕の一番安心する場所。大好きな場所。だけど、この腕は他の女を抱いたかもしれない。
「離してっ」
他の女を抱いた手で僕に触らないでっ。
腕から離れようと暴れる僕をさらに強い力で抱きしめる皓ちゃんに、僕は力では敵わないことを悟って悲しくなった。
皓ちゃんに何をされても良かった。どんなことでも皓ちゃんが望むならなんでもしてあげたかった。だけどこれは嫌。ついさっきまで違う人を抱いていた腕で抱かれるのは嫌だ。なのに僕はそれを払いのける力もない。
急に大人しくなった僕を、皓ちゃんはそのまま腕の力を緩めることなく抱きしめ続ける。
「オレは他の女の匂いなんてしないだろ?」
しばらく抱きしめ続けた皓ちゃんが言う。
「奈津。よく嗅いでみて。オレからはしないだろ?」
何も答えない僕にもう一度言うから、僕は押し当てられた皓ちゃんの胸の匂いを嗅ぐ。実はずっと匂いを嗅ぎたくなくて口呼吸していたのだ。
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