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Nanase #1:二十一世紀の
目が覚めると、私はひどい寝汗をかいていた。
脇がじゅっと濡れている。背中とベッドとの間に汗が溜まっていて、身動きを取りたくなくなる。
前髪は濡れて束になって、私の目にわずか掛かっている。おでこから伝ってきた汗が目尻に滑り込んで、私は反射的にぎゅっと、染みる目を閉じた。
「まただ」
ため息の量が多すぎて、聞き取れないくらいに崩れた言葉が部屋の中に広がった。
最近、イヤな夢を見る。
というか……見ているハズ、だと……思う。
だって夢の内容なんて覚えていないんだから、毎回さ。だから見た夢が悪夢かどうかなんてわからないし、でも……ここまで寝汗びっしょりの目覚めなのだから、悪夢にうなされていたに違いないと思う。
一瞬、おねしょでもしてしまったのかなって焦ってしまうくらいには、ベッドが濡れている。かぶっていた布団はよそへどかされて、床に落ちている。
私は体を起こしてもう一度ため息をつくと、床に落ちた布団を掴んでベッドの上へと戻した。
と同時に、床に転がっている携帯電話を発見して、次にそれを拾う。
「あなたって、いっつも寝ている間に歩いていってしまうよね」
寡黙な携帯電話はじっと押し黙ったまま。私の嫌味にも沈黙を貫いていた。
顔を近づけたから、か……もしくは私の言葉に少し腹を立てたからなのか、画面が明るく光って、ずらりと並ぶ通知欄の着信履歴を私に見せてきた。
「病院」
着信履歴は、病院から。
「これって」独り言。「折り返すべき?」
折り返すべきだろうね。当然のマナー。社会人ならば当たり前。
でも私は高校生。撫川七瀬は高校生なんだ。多感な時期、まだまだ心も成長途中ってワケ。だから別に、ヘンに大人ぶって背伸びをして……着信履歴に折り返しの電話をするコトだって、しなくてもイイ。
そうでしょ? そりゃそうだ。大目に見てよ。
すると。
七瀬ー! って。
今かなり小さく、声が聞こえた気がする。
携帯から? 外から?
当然、一階のママが私を呼んでいるだけだと思うけれど、私は正直返事をする気がなかった。
私が電話に出なかったから、きっと病院はママに電話をかけたんだ。だからきっと、ママは私を起こしにきた。
ほら……ドン、ドン、ドン、ドン。足音。
階段を上がって私の部屋へ一直線、目掛けて近づいてくる足音だ。
病院には行きたくない。先週行ったばっかりだし、今月で三回も検査を受けに行った。
ドン、ドン、ドン、ドン、ドン。
足音はそうやって、部屋の前で止まる。来た来た。
病院病院病院病院。私はどこも悪くないのに。体のどこにだって異常はない。生まれによって肌の色が違うように、身長だって、髪の色だって違うように。
私の心臓はただ、〝右についている〟だけなのに。
きっと、今からあのドアは、乱暴にノックされる。
いっつもそう。結構雑なヒトだからさ、私のママ。
また今日も寝起きの私の鼓膜をうるさく破るような、乱暴なノックをしてから部屋のドアを開けるんだ。
ほら、来るぞ来るぞ。
せーの。
ほら。
──ドアノブが、回る。
「あれ、ノックは──」
ママじゃない。
今このドアノブを回したのは……私のママじゃない。
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