Nanase #1:二十一世紀の

2/7
38人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
 ドアが開いて、軋む木の音と共に……人の姿が現れる。 「撫川七瀬さんですね」  女性。黒い髪をきっちりと肩で切り揃えたショートカットの女性。彼女は私の名前を呼んで、私が撫川七瀬本人かどうかを唐突に確認してきた。 「え」知らない人。知らない人が私の家に上がり込んでいる。「だ、誰」  スーツを細身に着ている彼女は私と同じくらいの背丈で、けれども何故か静かな圧迫感を放っていた。  氷でできた冷たい刃を喉に向けられているような、ひんやりとして……それでいて離れたところにいても身動きが取れなくなるような、無骨な圧迫感。  彼女はジャケットの中に手を入れて、内ポケットから取り出した黒い手帳を開いて、私に見せる。 「警視庁公安局、零課の鈴森と申します。貴女、撫川七瀬には右胸心法第一条に基づき、我々と共に警視庁公安局まで連行さ──」 「ちょ、ちょっと待って!」コップから水が溢れるように、許容量を超えた。「待って、ください」 「何です」  警視庁……何だっけ。右胸心法がナントカカントカ。全くわからない。全く、全っ然わからない。  けれど、私は直感で理解している。当然の話だ。警察官が私の家……の、さらに私の部屋にまで強引に押しかけてきて、警察手帳まで私に見せてきて……まあ、今目の前にかざされている縦開きの手帳にはめられてある警察のエンブレムだって本物かどうかわかんないケド。  でも、本物。本物なんだ。私のくだらない現実逃避な思考で警察官がニセモノかもとかって、疑っている場合じゃない。  とにかく……警察官が家に来た。それもなんか、明らかに〝お話を聞きたいんです〟ってカンジの雰囲気ではない。  絶対にこの私を、この家から連れ出すってカンジ。そんな雰囲気、意気込み……無情な決意を彼女は持っている。  私は様子を伺うように、言葉を発する。少しでも時間を稼いで、あわよくば連行されないように……上手いこと喋りで躱すことができないモンかな……って。 「私に、何の用事ですか」 「貴女、撫川七瀬には右胸心法第一条に基づき、我々と共に警視庁公安局まで連行されます」  ロボットみたい。仕事上この口上を必ず言わなければならないんですよってカンジで、彼女は同じことを繰り返し私に告げた。 「うきょうしん? うきょうしん法って何ですか」 「時間がありません。そのまま私と一緒に車まで来てください」 「いや、え」 「これ以上時間を引き延ばすようでしたら、私は貴女を強制的に連行する事も可能です」  ひい〜! ってカンジ。終わってる。かなりね。物凄くヤバい。まるで彼女はこんなコト慣れっこだと言わんばかりの毅然とした態度で私に……事務的な情報を提示するようにして淡々と、脅している。  時間を引き延ばすとか、あわよくば連行されずにとか、そんな私の希望も打ち砕かれる。 「あの、私まだお風呂も入ってなくて……今起きたところで、今まで寝てて」 「構いません」  何? この人。  霧の中を歩かされているみたいに、先の見えない未来に不安が募る。これから私どうなるの? とか、そんな生半可なモノではない。得体の知れないナントカ法……右胸心法?  ああ、社会科……もっと普段から熱心に勉強しておくんだった。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!