Nanase #1:二十一世紀の

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 ママには会わなかった。  別に私が顔を見たくなかったからってワケじゃない。  女性刑事さんに連れられて家を出る動線上に、ママがいなかったってだけ。もしかするとママもどこかで事情聴取とか、そういうのを受けていたのかもしれないし……どうだろ。  詳しいコトは予想すら立てられないくらい、私の視界はぼやけていたし、脳みそは思考を放棄してしまっていた。  玄関を出る際にリビングの方から篭った話し声がうっすらと聞こえていたから、私は刑事さんに「あの、ママと──」と言おうとしたのだけれど、背後に立っていた彼女は私の背中に手を触れて、無言で前へと押し出してきた。  早く行けって、そう言いたげな刑事さんの雰囲気に気圧されて、私は黙って前を向き直ってしまったんだ。  だから、車の後部座席に乗せられて今、私はすごく後悔している。 「出して」  後部座席、私の隣にぴったりと座っている刑事さんの綺麗な声が、ハンドルを握るスーツの男の人に向かって命令した。  体が揺れてから、車が発進したコトに気がつく。  私は視線をどこに向けているか、自分でもあまり……よくわかっていなかった。私は私自身の膝をぼうっと見つめているハズなのだけれど、焦点は合っていないからぼやけたまんま。 「撫川さん」  脳みその中で小人たちが、慌ただしく情報を整理しようと動き回っているぶん、きっと目から入ってくる情報は後回しにされちゃっているのかも。  ね、ほら……そんなコトを考えて現実から逃避してしまうくらいには、私の視覚は死にきっている。もはや現実の世界が幻覚で、私の心の中の脳内世界こそがホンモノなのかも。支離滅裂になってきているかも。 「撫川さん」  逮捕された気分。手錠こそされてはいないけれど、こんな強制的に家から連れ出されて車に乗せられているんじゃ、捕まっているのと同じだ。  例えば動物園に運ばれる動──。 「撫川七瀬さん?」 「え」呼ばれたコトに気がつく。「えあ、はい」 「今から幾つかの質問をします。貴女にはそれらの質問に答える義務があります」 「しつもん」 「はい。よろしいですか」 「はい」  正直どうでもイイ。私は既に川の流れに身を任せる落ち葉のように、ただぼんやりとこの現実をやり過ごすだけだ。  どうせ質問とか、そんなモノを拒否したところで結局最後は従うしかなくなるんでしょう? そういうモンだ。刑事ドラマとかでよくさ、あるよね。例えば殺人を犯して捕まっ──。 「書類上では先週の検査で判明しましたが」冷たい声が淡々と広がる。「実際……いつ頃から自分の能力に気づいていましたか?」 「え」能力?「何ですか。の、能力」 「では、ご自身では気がついていらっしゃらなかったと」 「え……っと」  ピンと、きていた。この質問の意味。  私の心臓が〝右利き〟だから。  〝右利き〟なのにも関わらず、私は生まれてから今まで一度も……全く。  その能力が何なのか、判明していなかったから。 「し、知らないです」嘘をついた。「能力、とか……無いと思ってたので」 「右胸心だということを自覚している上で、自分には能力が無いと……思っていたと?」 「そ、そうです」  私はそうやって、逃げてきた。普通の学校生活を送りたかった。  普通の星のもとに生まれ、普通の星のもとを歩き、普通の町で……恋人と出会って。それから、特別な恋をする。  そんな〝普通〟になるために。 「本当に、貴女は自分の能力の事を……ずっと今まで、気がついていなかった……と」 「はい。そうです」  右側で跳ねる心臓に、私は今にも泣いてしまいそうだ。
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