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April #0:十六世紀→東京行
ガラス張りのお店って、ナンカ緊張する。
別に自意識過剰ってワケじゃないんだけどさ。いや……うーん、どうだろ。ああ、やっぱり自意識過剰ってワケなのかな。
誰に見られているワケでもないし、注目されるような仕草や動作をしていないんだから、当然注目なんて浴びないに決まっているんだけれど、なぜだか知らないけれど、みんなにちらちら見られているって感覚がするワケ。
まるで、スポットライトを当てられているみたいに。
明るい場所はハナっから好きじゃないんだ、わたし。だからこんなふうにガラス張りのお洒落なカフェで待ち合わせなんかしていると、大通りを行き交う人の群れがわたしをちらちらと見ながら通過して行っているような気がして。
やっぱりなんだか、落ち着かない。
テーブルの向かいの空席を見つめながら、それでも視界の端っこでわたしは、屋外の人混みを気にしている。
からりとグラスの音。誰かがお店の中で、食器とグラスをぶつけたのかな。そんな音。
わたしはそれにも過敏に反応して、今までビクビクしていた心をきゅっと縮ませる。小心者、臆病者、間抜けなビビり。
いや……やっぱりみんながわたしを見ている気がする。
わたしが外国人だから? 日本の人は外国人に差別的だって聞いたコトあるし。真偽は知らないケド。
もしくはそう、わたしの髪の色がピンク色だから……とかさ。
ま、それは関係ないか。
「コーヒーに手をつけていないようだけれど」
声をかけられて飛び上がった。
肩がすくんで、足まですくんだかも。お尻は椅子から一瞬、離れたかも。それくらいビックリした。
わたしは振り返って彼女の姿を確認すると、ようやく安心して返事をする。
「マリア」
「飲まないなら、そのコーヒーは貰うけれど」
「え? ああ、どうぞ。べつに」
マリア・クロックハートはわたしの向かいの席に腰掛けると、わたしのもとからコーヒーカップを掴んで自分のところへと引き寄せた。
店内の視線が一気に、わたし達に集まったのを感じた。
今度は自意識過剰とか、視線恐怖症だとか、そんなレベルじゃない。ホントにホント。神に誓って実際に、ぎゅうんと視線が……もうこの店内、この品川区じゅうの視線がわたし達に集まったってカンジ。
このわたし、エイプリル・シュタインフォードは……名前のわりに嘘はつかない。
マリアが少し離れた客に向けて、流暢な日本語で話しかける。
「何見てるんだい。一緒に話したいのか、君らも」
わたしからは死角になっていて見えなかったけれど、明らかにそう話しかけられたお客さんが視線を逸らして知らんぷりを決め込んだってカンジの、気まずい沈黙が流れる。
「なんでこんなところで待ち合わせにしたワケ? わたし、人が多いトコロってすっごくキライなんだケド」
「駅から近い」マリアはコーヒーに口をつけた。「おい、ぬるいな」
「アンタが待たせるから」
「人混みは嫌いでね。ここへ来るまで迷ってしまってさ」
「は?」
ならなおさら、なんでココを待ち合わせに選んだワケ?
と……追い討ちのように言い返そうとしたけれど、わたしの威圧的な返事のせいで、さらに周囲の注目を浴びてしまった気がする。気になる。
身長がデカい。この目の前のオンナ。190とか、いや……もっとあるのかな。
髪も銀髪だし、しかも服装だって革のコート。十六世紀ですか? ってカンジ。東京でそんな服装して歩いているんだから、彼女ははたから見れば、日本へ旅行に来て調子に乗っているコスプレ外国人にしか見えない。
そんなかなりイタイスタイルな人間の向かいに座っているわたしだって、それだから視線の的になる。みんな普通に振る舞っているように努めているみたいだけれど、店内のお客さんはさっきからチラチラわたし達のほうばっかり観察している。
「〝ルーシー〟とその母親は、今から三十分後に駅に到着するそうだ」
「ああ、そう」
わたし達がこうしてイタリア語で進める会話にだって、きっと周囲の人たちは興味があって、どんどん関心を引いていっているんだと思う。
「エイプリル。キミは当然、後部座席に座ってもらう。〝ルーシー〟の護衛をしなければならないし、なにより──」
「待って。護衛だけじゃないの?」
「話は……」マリアはコーヒーカップを、ことmんと置いて呆れる。「最後まで聞くものだ」
「ああ……うん。わかった。で、なに?」
「場を、さ。和ませてもらう」
「なに?」
「和ませるんだ。リラックスだよ。わかるかい。会話をして、弾ませて、相手の心をほぐす訳だ」
「わたしが?」
「そうだ」
「へー、いいね」最悪。「サイコーかも」
人付き合いとか、わたし……苦手なんだけどな。
「ドーナツを買ってあるから、それを使うと良い」
「なに? ドーナツ?」
「そうだ。子供は好きだろう? ドーナツ」
「まあ……うん。好きかもだけど」
わたしはまだ会っていないけれど、それでも聞くところによると、これから会う〝ルーシー〟ってガキンチョは……ドーナツに笑って飛びつくような純粋な子供だとは思えない。
だって、わたし達に運搬されるような複雑な事情を抱えた子供が……単純なスイーツが好きなワケがないもの。
「エイプリル」
「なに」
「それは隠しておいたほうが良い」
マリア・クロックハートは、テーブルの上に置いてあるピンク色の拳銃を指差して、そう言った。
「イイじゃん。おもちゃだし」
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