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──受けなきゃ良かったぁあああ!
告白大会っていうか、普段言えないことを場の勢いを借りて言うみたいな趣旨なんだね。
司会の子が入場時に受付で参加者に渡したカードの番号を抽選ボックスから引いて、当たった人が前に出て相手を指名して言うっていう方式。で、恭くんの言ってた通りしっかり出来レースで俺の番号が読み上げられて、ボックスから引いたカードを手に司会の子が手を振った。
『はい!では、三十二番!三十二番の番号をお持ちの方はステージへお願いします』
ステージに見えるように大きく手を振ってから、いつも講義するみたいにステージへ上がってくるっと皆に向かって頭を下げた。
いつもと違うのは魔法使いの帽子と黒いマントだけ。でも、なんかコレ緊張するね。これだけの人数から視線を向けられたらまぁ、仕方ないかなー。
「心理学部の椎名です!」
会場のそこここから何年生?とか失礼な言葉が聞こえるけど、ま、これもしゃーないね。同じ大学でも会わない子とは徹底的に会わないもん。学部が違ったら一回も会わないまんま卒業していく学生なんて物凄い人数になるんじゃないかな。
でもさ、学生と勘違いされるのにもそろそろ慣れてきたけど、そんなに若く見えないと思うよ!
『椎名准教授ご参加ありがとうございま~す。では、告白相手の方をステージに呼んでくださ~い』
ほらぁ!え?今准教授って言った?あの人先生なの?とか聞こえてくるー!前まではあんまり気にしなかったけど、きのとの年齢差が気になる俺からしたらちょっと気にしてるとこなんですぅ~!若く見られればいいってもんじゃなくてね?それ、学生に見られるくらい威厳が無いってことでしょ?
最近なんてしんと一緒が多いから、はじめましてだとしんのことを〝椎名准教授〟って呼ぶ子まで出てきちゃってんだから。
威厳ってどっかに売ってないかなぁ……。
「えっと、じゃあ……」
あれ?
しんを呼んで当たり障りなく、本当に当たり障りな~く普段の感謝を言うか、従兄弟だって言おうと思ってたけど。
それが一番自然で、問題無くて、そんでもって周りに俺としんの関係性を伝えるのに手っ取り早くて、そうするのが当たり前で、そんで、そんで……
でも、視界の端にきのの姿を見つけて。
それがちょっと寂しそうで。
さっきはなんでもありませんよって雰囲気を出してたけど、やっぱりなんか引っかかって。
その顔が、嫌で。
そんな顔させたくなくて。
「きの!」
俺の口はうっかりきのを呼んでた。
……失敗した!
『きのさーん!ステージへお願いしまーす!』
きのの瞳がくぅっ……て大きく見開かれた。きのの隣に立ってたしんが額を抑えて俯いて、実行委員本部のパイプ椅子に座ってた恭くんがガッタンってズッコケて、いつもは表情を変えないこうちゃんもきゅぅぅって眉を顰めた。
きの以外は内心不安に思ってたんだね!よっく覚えとくかんね!
『ステージの階段こっちでーす』
急かされるように呼ばれても、きのはいつもの余裕そうな仕草を崩さない。
悠々とした足取りで口元ににんまりと笑みを敷いて、他の人を不快に思わせないギリギリのラインの速度で黒いマントを靡かせながら歩いてくる。動きはあくまで優雅で、仮装のイメージをそのまんま纏って人でごった返す会場の中を泳ぐようにステージの下まで移動してきた。
そんなきのを会場の女の子達の視線が追いかけて、階段を登りきって風に吹かれたきののシルクハットがズレた時にはなんか黄色い声が聞こえた。
きのは俺がしんを呼ぶって思ってたんだと思う。
だからあんな顔してたんだ。
俺がステージ上でうっかり変なこと言っちゃったらいけないから我慢しようとしてくれてただけで、本当は俺に呼ばれたかったんだって顔を見て気がついちゃった。
そうしたらさ?
俺はきのを呼ぶよ。
ご期待に沿えましたか?って声に出さずに俺に向けてにんまりと微笑みかけてから、ゆっくりと会場へと身を翻す。
「はい。きのでぇす」
シルクハットが落ちないようにエッジの端っこを指先で抓んで、もう片方の手でマントの裏地を引っ掛けて広げながら恭しくお辞儀した。
会場の女の子達からハートが飛んできてる気がする。見えないけど。絶対飛んできてる。たったこれだけの仕草で即座に会場の女性陣をあっさりとノーサツしちゃった。
そーなんだよね。きのって見た目が地味だって自分では言うけど、そんなこと全然なくて。最近なんてちょっと疲れてるせいか変な色気まで出てきちゃってさ。
しんとは違う方向でモテるの。
俺はそれが面白くなくて、心配なの。
『では、椎名准教授お願いしまーす』
顔を起こしたきのが帽子を指先でちょいっと持ち上げて俺の目をじっと見つめてきた。
その腕で皆からは口元が見えないようにして小さく呟いた。
「大丈夫。何言ってもちゃんと返してやっから」
こんなのさ、きゅ~んってくるじゃん。
本当に、こんな、ねぇ?
そりゃ勢い余って思いの丈を口走っちゃうよね?
趣旨に合いまくってるよね?
「きのが卒業しちゃったのやっぱり寂しい!もっと俺に構ってほしいっ!」
会場がしーんっ!って静まり返ってから、急に悲鳴?何これ?凄い声が上がって、しまった!って思った。
恐る恐るきのの顔を見てみたけど、普通。いつも通りにニマってわんこみたいに笑ってくれた。
しん達の方は恐ろしくて向けない。
やらかしたね?
自分が言った事を思い返して血の気がサァァァッと引いていくのを感じた。
「そりゃあ在学中には椎名准教授にはとても良くしていただきましたからねぇ。そういうことでしたらいくらでも遊びに来させていただきますよ」
「えっ?えっ?えっ?」
「アナタ、専門分野以外だとそういうところありますからねぇ」
「そういうとこ?」
「そういうとこですよ。アナタが諸々を気になさらないならこちらも気にしませんので。これからは気兼ね無く遊びに伺わせてていただくと致しましょうね」
きのはさらりと俺の告白を受け流して、会場の一部を除く参加者の皆は当たり前に仲良しの准教授と元生徒として俺達の関係を受け入れてくれたらしい。
あたたかい拍手が上がってなんとか俺の出番は終わった。
今の俺は顔が真っ赤だって分かるくらいに首から上がカッカして熱い。
「ほら。撤収しますよ」
「う、うん……」
魔法使いの帽子の鍔が広くて良かった。グッで引いて顔を隠して会場に紛れる。
ステージでは次の抽選が始まってて、誰も俺達を気にしていないみたい。それでも人は多いから、前を歩くきのを見失わないようにダークスーツの裾から見えるツヤツヤの革靴を眺めて歩く。
少し人が途切れたところで、きのがピタッと足を止めた。
「そういうのは普通に言っていいやつですよ」
振り返りながら俺の耳元にそう吹き込んで、マントの裾を差し出してきた。
きのも顔が赤い。
時間差で恥ずかしいのが来たみたいでそれがバレたのにテレてちょっと唇を尖らせてる。
そんなきのに気が付かないふりをして、はぐれないようにきののマントを握ってしんのところまで戻った。
「バッカじゃねーの!」
あ、やっぱ怒られた。
周りの子達からは緊張して言い方を間違えたうっかりさんな准教授くらいの扱いになってて助かったけど、しんは俺ときのが恋人だって知ってるからね。
心配メーターが振り切れて怒りに変わっちゃったみたい。
「そういうことなんで、またちょくちょく顔出しますんでよろしくお願いしますよ」
「お前もちゃっかり関係者扱い手に入れてんじゃねーよ!」
「どうも!関係者でっす!」
「……~っ!!」
あ、しんキレそう。
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