side 初町×河野

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side 初町×河野

【初町eyes】  椎名ちゃんのビックリ告白に衝撃を受けて思わず河野君を見上げたらあんまり動じてないみたいであくびまでしていた。少しは驚いたのかもしれないけれど、それを継続させるほどの衝撃では無かったらしい。  この位置からだと何かが起こったとしても助けには行けない。ステージ上の来宮に任せる他ない訳だが。 「キノなら上手くやっから問題無い」 「だろうね」  事実、来宮は上手く誤魔化した上に仲良しの椎名准教授に会いに来る口実までもをしっかり手に入れてしまった。  担当学部の教師として来宮の口の上手さは理解していたつもりだけど、年々磨きがかかっていくなぁと。  河野君ほど来宮を理解しきれていなかった俺としましては、デモンストレーションでとんでもない核弾頭(カミングアウト)をぶち込まれたのかと肝が冷えたよ。 「なぁ、あと何分やるんだっけか」 「参加希望者次第だけど長引いたとしても精々一時間半くらいが良いところかな。終了時刻の目安はあるけど、クジである程度強制的に参加者を選んで会場を盛り上げてから司会の判断で希望者を呼ぶから」 「そらまた先は(なげ)ぇなぁ」 「まぁそう言わないで」  チラッと確認したら椎名ちゃんは高遠からバッチリ叱られていて、それを来宮が宥めている。  来宮が在学していた頃には日常的に見られた光景だ。  椎名ちゃんの気持ちも分からなくもない。いや、言って良いとか悪いとかって言ったら間違いなくダメだけどね。でも、あれこそが椎名ちゃんの日常だったんだから仕方がないのかもしれない。  大好きな従弟の高遠と大好きな恋人の来宮と一緒に過ごすのが、あの子の大好きでかけがえのない日常(もの)だったんだから。  いつだって特別な相手に置いていかれて一人ぼっちだった椎名ちゃんが手に入れた、大好きでかけがえのない時間だったんだから。 「どうした?」  河野君が俺をジッと見つめてる。  珍しい。 「椎名ちゃん」 「あー……」 「結果的には良かったかもね」  笑って頷いた。  俺なんかよりもずっと周りの人間の心の機微に敏い河野君の事だから、椎名ちゃんの淋しさにも、来宮の焦りにもずっと前から気がついていたんじゃないかな。  歳の差の事がどうしても気になる椎名ちゃんは何かのきっかけがなければ自分からは絶対に淋しいなんて言えなかっただろうし、椎名ちゃんとずっと一緒に居る為に社会的な地位を固めたいって焦る来宮にはそんな椎名ちゃんの事情には気が付かない。  否、気は付いても今の来宮にはどうにも出来なかったっていうのが正解か。 「ガス抜きは必要だからな」  河野君はゆっくりした動作で椅子に座ってステージに目をやる。  やっぱり気がついてたか。 「俺達と夕食を摂る時って、要は来宮が残業の時ってことでしょう?最近顕著に増えていたから……」 「先は(なげ)ぇんだから、自分達のペースはゆっくりと二人で見つけてきゃいいべ」 「……だね」  俺は着ている白衣のポケットに手を突っ込んで、指先に触れる冷たい金属の感触を確かめる。  俺はこの夏に実家を出た。  長年実家に居たのはただ単に不都合がなかったからという理由でしかないのだけど。  三兄弟の中で俺は唯一の未婚で。  一向にその気配のない俺に焦じれてきた母親が恋人が居るならそろそろ結婚しろだの居ないのならば相手を探すから見合いしろだのとうるさくなってきたのでカミングアウトついでに家を出る事にした。  誰だって親の過干渉は鬱陶しいと思うだろうが、実家にいなければ何の事はない。実家を出てしまえば万事解決。  そこにカミングアウトなんて意趣返(いしゅがえ)しじみた行為を付け加えたのは、色々と面倒くさい母親がまた河野君に余計な事をしでかしたら堪らないからに他ならない。  学生時代の次兄が何事かを母に干渉されて口論になっていたのを承知している俺は先制攻撃とばかりに爆弾を落として家を出たわけだ。  両親は俺の急なカミングアウト(急ではないカミングアウトなどあるはずも無いが)にそれはそれは驚いていたけれど、兄達は(そろ)って「そうだと思った」と言って好きにして良いと両親の説得と牽制(けんせい)に協力をしてくれた。  両親、兄達ともに俺の想い人については認識している節もあったけれど、過去に一度だけあった母の暴走以来それに触れないようにしてきたように思う。  決定させさえしなければそれは限りなく黒に近いグレーのままなのだ。  お世辞にも兄弟仲が良いとは言えず、(むし)ろお互い不可侵条約を結んでいるかのような感じでやってきていたから兄達がこちらに付いてくれた事が少し意外ではあった。  でも、改めて思い返してみれば親の期待に背いて志望大学を変えた時にも兄達は理由も聞かずに俺の味方になってくれた。河野君を追いかけ回していた頃も母親は何かと俺に注文を付けたがったけれど、その度に波風が立たないように上手く間に入ってくれていたように思う。  自分勝手に生きる弟なんか俺だったら邪魔してやろうかと思う事は流石に無いにしても、自ら進んで協力をしようだなんて思わないから兄達はきっと人格者なんだろう。  まぁ兄達の立場的を考えると俺の相手を興信所でも使って調べたのでは無いかと思う。  その結果、そういう事かと気が付いてしまった以上は会社経営一族としては戦力外。と位置付けたからかもしれないが。  一族として欠点になりそうならば最初から関わらせない事がお互いの為だろうしね。  大人になるとそれなりに物事を俯瞰(ふかん)して捉えられるようになるものだと思うけど、自分の事に関してはまだまだそうはなれないらしい。  硬質な金属の感触からふとそんな事を連想して、煩わしい家族事情を振り払うように目を向けたハロウィンパーティー会場は若々しい熱気に溢れている。 「若いって良いね」 「まぁなぁ……」  ステージ上では甘酸っぱい告白や友情が弾けていて目に眩しい。  俺にはあんな甘酸っぱい季節は無かった。  俺の青春と呼べる時期はただ河野君だけが好きで、河野君だけが世界の全てで、この人の隣にいる権利だけが欲しくて。  ひたすらにそれだけしか考えていなかった。  それは決してドラマなんかで見かける炭酸がパチパチと弾けるような爽やかで爽快な青春(モノ)ではなかったと自覚している。  河野君にしてもそうだと思う。  俺は高校生の時に河野君に恋をして、大学に入ってからはただがむしゃらに河野君の都合などお構い無しに追いかけ回してしまった。  河野君の意志を完全に無視して、一方的に。  それは(すなわ)ち、河野君の青春時代を俺が全て真っ黒に塗り潰したようなものだ。  そんな有様だったから、あんな風なキャッキャウフフした青春は体験させてあげられなかった。  今になってその辺に関してはもう少し配慮すべきだったと反省している。 「俺があんなんしたかったと思ってんのか?」  驚いた。  隣に座って生徒からの差し入れのほうじ茶を(すす)る河野君を凝視した。  俺、口に出してた? 「出してねぇぞ」  こっちを見もしないでペットボトルの中身をちびちびと口に流し込む。  心、読めてます? 「なんとなくそんな事考えてそーだなって思っただけだ」  読めてない?  本当に読めてない? 「驚いて……います……」 「俺の。知ってんだろ?」 「知ってはいるけれど」  河野君は俺以外には恋愛感情というか、何かしらの執着を伴う感情を向けた事が無いんだと言う。  どういう事かというと、河野君( )(いわ)く思春期に性的興奮やら好奇心やらが皆無で流石におかしいと思って色々と調べてみたところ、自身にはどうもそういう感覚が無いと結論づけたと聞いている。  じゃあ来宮に対する感情は何かといえば、親が子供に与える庇護に近しい感覚らしい。  本人は自分の感覚が異質なんだと思っているようだけど、実のところそれは違う。確かに変わってはいるけれど、俺が河野君に感じる執着(もの)よりよほど普通のものだ。  河野君自身がその性質の正体に気がつく前に俺に捕まってしまったから、今でも気が付かないままなのかもしれないけれど。 「愛情が深すぎるんだよね」 「お前のか?」 「どうだろうね」  河野君は誰かから何かしらの感情を受けたならそれをそっくりそのまま返す人間だ。  それがどんな些細(ささい)なものであっても。  与えた側に返してもらう気なんかは無かったとしても。  そういう個を持った人なんだ。  友愛には友愛を。  愛情には愛情を。  悪意には無関心を。  大抵の事に興味がなくて研究に没頭する性質は、悪意や嫌悪を返さないように無意識に防衛しているんだと思う。  学生時代にそれに気が付いた(伊達(だて)に何年も片思いしていない)俺は、心理学部の椎名ちゃんと三峯に確認をとってみた。  やっぱりあった。返報性の原理というらしい。なるほど、経済学でも出てくるおなじみのやつだ。  施しを受けたら同じように返そうとする誰でも持ってる心理だけど、河野君の場合はこの傾向が強いんだと思う。  そりゃ勘違いもするよね。  性的な事に多感な時期に自分にそれが訪れず不安から集めた資料でも興奮を得られなかったんだから。  周りの男友達が興奮していたグラビアだの動画は所詮(しょせん)一方通行でしかない。河野君へ何の感情も施してくれないんだから返しようがない。ならば何も感じなくて当然だ。  自分自身でその性質を理解する前に俺が三年もの間、好きだ好きだとそれだけの理由で。あなたの事が好きで好きでたまりませんっ!俺を好きになって下さい!って本当にそれだけを毎日毎日飽きもせずに口にしながら追い回したんだ。  河野君の中の男性同士ってどうなんだ?有り得ねぇだろ?っていう一般的な思考を俺が木っ端微塵に破壊してしまったと言っても過言ではないと思っている。  そんな俺についてを河野君が後から責めた事は一度も無かった。  俺のしでかした行動に対して反射的にポップコーンがはじけるみたいにポンポンと小気味良く悪態を()くだけで、後から恨み言を言うなんて事は無かったんだ。  俺の告白を受け入れたっていう自身の行動に対してしくじったとはかなりの頻度で言っているけれど、それを撤回するような事は無かったし、これから先も無いのだと思う。 『最後にこのハロウィンパーティーの実現に尽力して下さった初町准教授と河野准教授にご挨拶いただいて、どちらかから思いの丈を叫んでいただこうと思います!それでは両准教授、ステージへどうぞー!』   急に司会から声が掛かって二人揃ってビックンッ!て揺れたよね。  揺れたというか、尻が浮いた。  なんだって?
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