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思わず二人で顔を見合わせてから実行委員の面々の顔を眺めてみれば、これは善意のサプライズだという事だけが伝わってきた。
そうだった……。この子達は俺達が付き合ってるとかそういう事情を知っている世代では無かった。一部知っている大学関係者が可哀想なものを見る目で河野君を見つめている。
つまり俺への信用は無いという事だ。
まぁそうだろうね。自分でも暴走型の自覚は十分過ぎるほどあるんだから。
『お二人がこちらで時間を稼いで下さっているうちに集計に入ります!参加者の皆さんは投票用紙に……』
ダメだ。
司会が何言っているんだか頭に入ってこない。
「仕方ねぇなぁ」
深く息を吐きながら河野君がゆっくりと席を立つ。
「諦め早くない!?」
「あ?これ拒否できんのか?」
視線を向けられた実行委員の生徒達からは元気良く「無理でーす」の合唱が返ってきた。
学生諸君、本当に良い笑顔だね。
うん。
「何かしてくれようとする気持ちは嬉しいけれど、いきなり言われても何も用意していないから何を言ったものかと思うんだけど」
「そんなに難しく考えなくても大丈夫ですよ。さっきの椎名准教授みたいな告白で大丈夫です。結局はアレが今日イチ盛り上がりましたもん」
「うーん……」
俺と学生のやりとりに河野君が心底嫌そうな顔を作りながらじっとこちらを見つめてる。背中に視線がビリビリ突き刺さってくる。
言いたい事はわかる。
それだけの事を今までしてきたわけだし、高遠や椎名ちゃんはもちろんの事として、来宮までもんのすごい顔でこっちを見てる。
椎名ちゃんなんて首が吹っ飛んじゃいそうな勢いで首を横に振ってる。なんとなくわかるけど、自重してって事でしょう。
俺、信用無さすぎでは?
善意の生徒達に急かされて河野君を見つめ返すと、綺麗な眉をスッと寄せた。
嫌だけれど、諦めたってところかな。
「行きますか」
「おぅ……」
河野君の付けてる犬耳が心做しか横に垂れてしまっている。
一日中付けていたし、そこまで高価な物でもないから単に耐久力の限界なのかもしれないけど、ブカブカの首輪やてれっと垂れた尻尾も相俟って動物病院へ連行される犬のようで不憫だ。
俺は俺でお愛想程度のマミーだからね。白衣の上に包帯を巻いてるから遠目ならそれっぽく見えるだろうけれど二人共それは仮装では無いのでは?って見た目でトボトボと死刑台へ連行される囚人のようにステージへ向かう。
壇上から見るとかなりの参加者数だ。
こんな事になるのならば盛況でなくても良かったのにと内心こっそりと舌を打つ。
挨拶だけならば問題無かったはずなんだけれどね。
「経済学部の初町です。本日はご参加いただきありがとうございます。実行委員が頑張って企画運営をしていたのを見ていましたのでお楽しみいただけたなら双方共にとても良かったのではないかと思っています」
「工学部の河野です。特に大きな問題もなく開催が出来て良かったと思っています。皆さん最後まで楽しんで下さい」
『はい!ではどちらに告白をお願いしましょうか?』
型通りの挨拶を済ました俺達に司会の生徒が間髪入れずにマイクを向けて笑顔を浮かべる。
悪魔の仮装の彼が本物の悪魔に見えてきた……。
こんな事になるのならば前以て来宮に何かしらの知恵を(たとえどんな対価を要求されようとも)借りておくべきだった。
俺はアドリブ耐性の無さには昔から定評がある。
全くダメなんだ。
そして悲劇的な事に、河野君はその上を行く。
二人揃ってこういう突発的なアクシデントに耐性が無いというか、どうしようもなくなってしまう。
「俺、行きます……」
手を挙げてマイクを受け取る。
どちらもダメなら恥を掻くのは俺だけで十分だ。
チラッと助けを求めるように椎名ちゃん達を見てみたけど、引き攣った顔でこちらを眺めているだけだった。確かに。この状態になってしまったら助けようもないのは分かる。さっきの俺と同じ立場な訳だし、助けを求めたこっちが悪い。
じわじわとプレッシャーが襲ってくる。
『はい、ではどーぞ!』
時間稼ぎ……。
時間ってどうやって稼ぐものだったかな。講義みたいに自分の得意分野で、尚且つ準備が十全に済んでいるなら何とでも出来るけどこういう時ってどうすれば良かったっけ?
念の為に河野君を見てみれば、いつものクールさはどこへ行ったのかって気の毒になるほどの悲愴な表情を浮かべてこちらを見ているわけで。
反対側に立つ司会者の悪魔は本当に悪魔だなって感じで俺に面白い何かを期待した眼差しを向けてくる。
「あおい君!これ受け取って下さい!」
意を決した俺はポケットから勢い良く金属の塊を取り出して差出した。
一人暮らしを始めたマンションの合鍵だ。
本当ならこの後、ゆっくり食事でもしながら渡そうと思ってタイミングを見計らっていたやつ。あわよくば、同棲して欲しいって伝えようと考えてどう言ったものかと考えあぐねていた合鍵だ。
あ、もうご存知かと思いますけど。俺は追い詰められると更にやばい暴走をするタイプです!
これで椎名ちゃんの事をとやかく言う権利は今後一切失ったと思って良い。
「……あ?」
何を言われるのかと恐れて俯いていた河野君の髪がぶるっと揺れた。
長い前髪の下のいつもは眠たそうな瞳が信じられないくらいに大きく見開かれた。
会場の皆様はあおい君?あおい君って誰?って囁きあってる。
そうか。俺しか河野君をあおい君って呼ばないからうちの学生でも河野君の下の名前を知らないのか。綺麗な名前だから知っていてほしい気もするけど、俺以外に呼んでほしくない気もする。
現実逃避から少し思考がどこかへ行っていた。
さて、口から出てしまった言葉はもう回収不可能だ。
こうなったら突っ走るしかない。
「学生時代に出逢ってからずっとあおい君一筋です!この先どんなに歳をとってもそれは変わりません!ずっと俺と一緒に居て下さい!」
俺が差し出した物の正体に気が付いた河野君の眉がヒクヒクッと揺れた。
眉だけじゃなくて、口元もか。
肩がわなわなと震えて、なんとか振り絞りましたって感じの低い声がポツリと零れ落ちた。
「お前ここをどこだと……」
「大学のハロウィンパーティー会場の特設ステージの上だね」
遠心力でふわっと円を描いた白衣と足を追うように舞う犬耳と尻尾が見た目の迫力を増加させてる気がする。
スローモーションのようにそれらがゆっくりと見えて俺は歯を食いしばる。
……スッパ─────ン!!!!!
小気味良い音と共に綺麗な回し蹴りが俺の臀部に炸裂した。
それは本当に綺麗で、何か格闘技でも経験してましたっけ?ってクオリティの回し蹴り。
しかも音やフォームは派手だけどそこまでの痛みはない。
あくまでそこまでの。だけどね。
「痛っだぁああああ!」
蹴られた衝撃で吹っ飛んだ鍵は河野君が白衣の陰になってステージ下から見えないところで見事にキャッチしてくれた。
「断る!出直せー!」
爆笑と拍手が巻き起こった。
そのまま司会者の「集計が終わりましたー」の言葉が掛けられるまでジンジン痺れるように痛む臀部を擦りながらしゃがみ込んでいた。
河野君の表情が気になったけれど顔を上げる勇気が持てずに司会者に退場を促されるまでそうしていた。
今日俺、何回蹴られた?
「また派手にやりましたねぇ……」
投票結果で一位になったカップルを実行委員本部で死んだ魚の目になりながら眺めていたら、いつの間にか隣に立っていた来宮に肩を叩かれた。
それで我に返ってのろのろと顔をそちらに向ければ、普段はあまり見る事の出来ない来宮の苦笑いの後ろで椎名ちゃんと高遠が気遣わし気に俺を見てる。
「あーそーね。あの二人卒業したら結婚だって。公開プロポーズだからねー」
「いやいや。初町さん事ですよ?」
「うん。知ってた」
河野君は流石に会場を出て行ってしまった。
怒っているというよりもこの場の空気に耐えられなかったのかもしれない。
実行委員の子達は俺の告白をジョークと受け取ったかといえばそうではなかったらしい。噂程度なら聞いていて、それこそ冗談だと思っていたものの裏付けが思いがけず出来てしまったといった感じだった。
余計な事をしてしまったという気まずそうな空気が学生達の間に流れてしまったわけだ。
河野君を追いかけようにも総責任者の俺は持ち場を離れられない。
「責任者は俺が代わるから追いかけたげて?」
「俺もフォロー入る。流石にあれは河野君可哀想だわ」
椎名ちゃんと高遠を見上げれば二人共うんうんって頷いてくれた。
来宮が丁寧な所作で裏口へ手を差し向ける。
「出直してあげて下さい」
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