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で!
会場を出て来たは良いけど河野君はどこだろう?
こんなに人が多い校内で河野君が居そうな場所っていうと……。
まだパーティーが続いてる特設会場以外はそここで片付けが始まっているし、特設会場を含めた全生徒が帰宅するまでは責任感の強い河野君の事だから帰ったりはしないはず。
とすると、屋上か?
「流石にやりすぎた……」
戸締りで締め出されたら困るから念の為にと守衛室に声を掛けて予備の鍵を借りてから人気の無い研究棟の屋上へ向かう。
昔から困らせすぎてしまうと河野君はとにかく人の居ない所へと逃げる傾向があるから、多分あそこだと思うんだけど。研究棟は大学関係者しか原則立ち入れないし、学祭にも解放していない。
階段を登りながらたぶん間違っていないなって思った。
鍵がかかっているはずの屋上へと繋がっている鉄扉のドアノブに手をかけるとキィィ……と小さな音を立てて開いた。
屋上へ足を踏み出したら少し強くなってきた風が頬に冷たい。
「おいクソワラビー。会場はどうした?」
くそ?なんだって?
頭の上から声が降ってきて見上げたら、わざわざご丁寧に階段室の上に居た河野君がジト目で見下ろしていた。
下から見上げる河野君は風を受けてサラサラと髪を靡かせて壮絶に美しく見える。
風に煽られて落ちてしまわないか心配だけど、ここで変に刺激する方が危ないか。
「会場は椎名ちゃんが総責任者代わってくれるって。高遠と来宮もフォローしてくれるっていうから任せてきたけど、あおい君と話したら戻るよ」
「あおい君、な」
「うん?」
河野君は溜め息を吐いてから、壁に備え付けられてる鉄梯子をするすると降りてきた。
やっぱり不機嫌そうではあるんだけど、逃げないだけマシかな。
「クソなんとかって何?」
「あ?」
「俺の事だよね?」
「クアッカワラビー」
ん?動物??なんかそんなの居たような……。
昔から勉強以外の事に疎いからなー、俺。
「お前に似てんだよ」
「罵倒の言葉って事かな?」
「…………チッ」
舌打ちは肯定。
俺は長年にわたって罵倒されても仕方がない事をしでかしまくってるわけで。
寧ろそれでもそんな程度の言葉で済むんだなと、なんだか感心してしまう。河野君て心が広すぎる。俺ならそんなんじゃ済まさない。
いつも以上に視線が痛いので今回は本当に怒り心頭なのかもしれないが。
「すみませんでした」
全面的に俺が悪い。
直角になりそうなくらい頭を下げた俺の背中を、河野君はぐいー……っと押さえ付けてくる。
痛い痛い痛い!
「何に対してだ?」
んん?あんまり怒ってない?
手に怒りは感じるものの、声自体は訝しげだ。
「あんな大勢の前でカミングアウトしてしまって」
俺は答えを間違えたらしい。
背中を更にグッ!と抑えられて堪えきれなくなって重心が前へ傾いてバランスを崩してたたらを踏む。
その隙を突いて河野君は階段へ向かったけど。
「……おい!」
「ここ立ち入り禁止だし鍵掛けられちゃった?」
ガチッて鍵のかかったドアノブを確認して勢い良く振り向いた。この人はなんて良い絶望顔をするんだろう……。
他人に言わせれば河野君の表情ってあまり変わらないらしいんだけれど、俺はクルクルと表情がよく変わる人だと思ってるんだよね。普段は主にマイナス方向にだけど、感情が表情に駄々洩れに現れてくる。
それなら普段から笑顔のポーカーフェイスを貫いている来宮の方が余程表情の変化がないと思う。
「だったらお前は何で焦ってねーんだ?」
「そりゃ俺は予備の鍵を持ってるからね」
「じゃあ鍵掛けたのお前じゃねーか!」
「あー……バレた?」
流石にキレた。
疑いを通り越して一息に犯人認定。
鍵を持ってるからって犯人とは限らないのに。もしかしたら本当に守衛さんだったらどうするの?
まぁ、鍵をかけたのは俺だけど。
これは回し蹴りで済まないかもね……。
拳を握りしめて震えて今にも渾身の右ストレートが炸裂しそうな河野君をどうせぶん殴られるならって先にこちらから抱きしめた。
痛い目を見るなら少しくらい良い思いをしたいじゃない?って精神だからいけないっていうのは分かってるんだけどね。
直せないんだよねぇ。
『出直してあげて下さい』
不意にさっきの来宮の言葉が頭を過った。
もしかして河野君の怒りの元って……。
「鍵、受け取ってくれたでしょ?」
「……返す!」
「マンション二人用なんだよね」
「返すっつってんだろぁが!」
「一緒に住んで欲しいなーって選んだんだよね」
「だぁーかぁーらぁー」
「四十になっても、五十になっても、それこそ百歳になったって好きなものは好きなんだからしょうがないでしょう?あおい君、そろそろ諦めてくれない?」
あおい君。
そう呼ぶと人目があるところでは恥ずかしがって大暴れして逃げ出すけど、二人だけの時だと黙ってこっちを見てくれるの知ってるよ。
だって、わざとそうして来たんだから。
俺が下の名前で呼ぶのは昔から一貫してあなたの事を愛してるから俺の事を見て、俺の話をちゃんと聞いてって合図。
もしくはお泊まりでそういう事をしようとする時だけ。
「確かに暴走しちゃったからそれは謝るけど。鍵を受け取って欲しかったのは本心だし、それがあおい君の手の中にあるのが嬉しい。一生一緒に居たい。一緒に暮らしたいって想いに嘘はないからそこは謝らないよ」
「……一生とか。飽きねぇのかよ」
「飽きるわけないでしょ」
「恭君は本当はそういうんじゃねぇんじゃねぇの?」
なんだか不安そう?
ちょっと下にある瞳が珍しく揺れてる。
来宮が椎名ちゃんと同棲するからって実家を出て、河野君が実家に居る必要もなくなった良いタイミングだと思ったんだよね。
新学期は忙しいからちょっとタイミングずれたけど、それが不安にさせた?
「まぁ確かに俺はあおい君しか好きじゃないから、いわゆる同性愛者ではないかもね」
「だろ?」
「でもあおい君以外には下半身も心も自分でびっくりするくらい反応しないから異性愛者でも無いんだよね。あおい君には俺をこんな風にした責任をとって、ちゃんと愛されてて欲しいんだよね」
また顔色が変わった。
今度はこの薄暗がりでわかるくらい鮮やかな紅色に。
この歳でしょ?何年付き合ってるのかって話だし?それこそ恥ずかしい事をこれでもかってしてる仲じゃない?それで俺のこんな言葉で赤くなるとか思わないじゃない。
不意打ちが過ぎる。
知らなかったの?
俺は本当にあなたしかダメなんだけど。
そういう反応されると、どうしたって嬉しくなるでしょう?
「責任って言ったって……」
「ほら、今日も月が綺麗だね?」
大昔にやらかした大失敗。あまりの大失敗っぷりに今でもいじらずにはいられない。
でもその言葉から俺の心は何一つ変わってないし、これからだって変わりっこない。違うな。変わる。ずっと、ずっと、一緒に居れば居ただけ月は輝きを増していく。
俺の人生に月は一つきりしかないんだから。
「月は姿を変えたって常に空に浮かぶものでしょう?」
それはあおい君だって同じだって、自惚れているんだけど。
直ぐ近くにあるあおい君の表情に驚きが浮かぶ。
「……まさか、墓までついてくる気か!」
「もちろん!なんなら生まれ変わってもついて行く気だけど」
ほら。
あおい君はね、ちゃんと分かってくれる。
俺だけが知ってる。
あおい君は俺の事ちゃんと好きなんだって。
それじゃなかったら俺の分かり難い言葉を正確に汲み取れたりなんかしない。
「お開きになったら家に来てよ。デパ地下のだけど惣菜とワイン用意してあるから。簡単なハロウィンパーティーを二人でしよう?」
月なんて曇って全く見えない空の下で、物凄く不本意そうな顔をしたあおい君から了解のキスを貰う事に俺は成功した。
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