1,winter

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2月ももう半ば。寒さは鋭さを増して肌を攻撃してくるけれど、日没の時間が遅くなっていくのが目に見えて感じられる。 隼斗の代わりに走るようになった12月初めは、師走の名の通り太陽が昼の時間を駆け抜けて、勤が走る夕方5時頃には夜のように暗かった。 その夕暮れの速さは冬至に向かって加速し、勤の心に寒さをことさら沁み通らせた。 友人隼斗の父親を亡くした落胆ぶりは傍から見ているのもつらくて、何か力になれたらとは考えていた。 しかしそれがこうして寒空の下黙々と走ることになるとは、勤も思ってもみなかった。 「RUN君のために走ってくれないか」 隼斗の口から出たのは、意外な言葉だった。 「RUN君って……、犬?」 「いや違う、万歩計の中のキャラクターだよ」 「聞いたことないなあ」 隼斗はその万歩計を見せて説明した。歩数が増えるたびにキャラクターが成長ないし進化するというよくあるコンセプトだが、使用しているRUN君というキャラクターは、世間に知られていなかった。 「お父さんがくれたんだ。励みになるって」 RUN君は鉄腕アトムのような顔をした少年で、帽子(キャップ)をかぶり、ベルトの付いた革のジャンプスーツのような服を着て、首にはスカーフを巻いていた。 歩数が増すとRUN君の走るスピードが速くなり、スカーフはヒーローのそれのように格好良く風になびいた。 普通の少年がアニメのヒーローに進化していく過程が、歩数計と連動していた。 累積歩数が1万とかの節目になると、「頑張ったね」とか「これからもよろしく」といったRUN君の声が聞こえた。 一方、何日かサボるとRUN君も退化してしまうので、RUN君のためにも走ろうというモチベーションを得られるのだった。 最初のうちはすぐに息が切れて目標の30分の内半分ぐらい歩いていたが、だんだん体が走ることに慣れてきて、今では30分以上休まず走っていた。 RUN君ともすっかりなじんで、走るほど理想のヒーロー像に近付いていく彼に半ば同化していた。 「偉いぞ!」「この調子」といったやや上から目線だが励まされるRUN君の声も、もう何度も聞いてきた。 通り過ぎる家々の庭には紅梅など春先の花が咲き始め、その香りが空腹の彼の感覚にはご馳走のように感じられた。 今日も食事がおいしく食べられると、満足しつつ家に戻り自分の部屋で着替えている時、万歩計からファンファーレの音が響いて仰天した。 画面を見ると「百万歩達成」という文字が表示されていた。 RUN君のお祝いの声が聞けるのかと耳を澄ませた勤が聞いたのは、「よくやった」という成人男性の声だった。
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