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と、その時、鉄の階段を降りてくる音がした。この革靴の足音は、社長のものだ。
「よう。今日は高橋くんが食事当番かな?」
「は、はい」
社長に向かって振り向いたら、後ろに若い男が立っているのが見えた。白い作業着を着ているのはみんなと一緒だが、なんだかこの男は違う、と思った。
なにが違うかよくわからなかった。すらっと伸びた姿勢の良い背筋のせいなのか、知性を思わせる眼鏡のせいなのか、おだやかで余裕のある笑顔のせいなのか。好青年だ、と思った。育ちの良さを思わせた。
「紹介するよ。息子の高志だ。いま大学二年生なんだ。いずれはあとを継がせようと思ってね」
「よろしくお願いします」
青年は会釈をした。後継、か。堂々たるものだ。ひとの上に立つために育てられた人間というのはこんなに違うものなのか。
「よ、よろしくお願いします」
僕は言った。社長が高志くんとやらに紹介する。
「このひとは高橋くんだよ。よくやってくれている。それから、こっちが中本みくちゃん。ほら、例の」
『例の』という言葉を、僕は聞き逃さなかった。青年はみくに対してにっこりと微笑んだ。
なにごとか、言葉を掛けている。社長と青年とみくが会話をしている。当たり障りのない仕事の話。それでも、まるで僕なんて人間はその場にいないかのように、会話は続いていた。
僕の耳にはもはや会話の内容は入らず、ただ屈託のない好青年の笑顔とみくのはにかんだ微笑みが、無声映画のように目に映って見えるだけであった。
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