パン工房

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 なんだか納得してしまった。  青年が後継者なら、みくは始めから後継者の妻候補だったのだ。肉体労働が基本のパン工場で若い女性が採用されたのは、そのためだったのだ。  みくがいまここにいるのは、彼女がパンが好きだったからでも、仕事熱心で真面目だったからでもないのだ。  煮立っているぶり大根を見つめた。甘しょっぱい匂いが厨房に充満していた。切ない匂いだな、と思った。 「もうっ! どうしてかばってくれなかったんですか!」  みくに脇腹をつつかれてハッとした。社長も社長の息子も、もう厨房にはいなかった。 「かばうって……なにを?」 「私。あのひとたち苦手です。社長と社長の息子ってひと」  みくは言った。  苦手? 感じの悪い人間には思えなかったが。僕が女なら、結婚相手に最適だと思っただろう。 「なんか、棚に陳列された商品の気持ちがわかるような気がしましたよ」  そうか。値踏みをされていると感じたのは僕だけではなかったか。   「お付き合いをするならぶり大根を上手に作れるひとがいいです」  みくは小さな声で言って、ぶり大根を見つめた。  僕は言った。 「上手にできているかどうか、一緒に味見をしてみないか?」 ≪了≫  
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