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急に降り出した大雨の中、校舎から離れたバス停には、先客が一人いた。クラスメートであり高嶺の花。彼女は傘を持っていなかった。
バスは行ったばかりで、バス停の小さな屋根は大雨の前に非力だ。このままだと吹き込んだ雨で濡れてしまうだろう。
五月蠅くなった心臓の音を聞きながら、何気ない風を装って言った。
「傘、使う?」
彼女がこちらを向いて、目が合った。
その大きな瞳に動揺し、返事もされていないのに傘を押し付けてしまった。
細い手に、無骨な傘が収まる。
しまった、と頭を抱えそうになったとき、彼女が口を開いた。
「いいの?」
勿論、と返した僕の声は震えていなかったか。
不審な挙動に今度こそ眉を顰められるかもしれないという予想は、しかし、裏切られた。
「ありがとう」
目の前に大輪の笑顔が咲いた。
雨音が遠ざかる気がした。
雨が収まるまで使わせてもらうね、と言って彼女は傘を開いた。
開かれた傘は彼女には大きすぎたが、僕にそれを気にする余裕はなかった。僕が何も返せないでいる間に、彼女は少し笑ってまた正面を向いた。
その綺麗な横顔を見ながら、もう少しだけ雨が降り続いて欲しいと思った。
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