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「うちのマンションには管理人、何人来てるんですかな。ひとり文句ばかり言う奴、おりまへんか?」 「おう、荒井って爺さんですわ。うちの家内も何や頼んだんやけど、それは出来んとか住人がやるもんやとか言うて」 「皆さんもそうですか。あの管理人、あいつは駄目だよ。わしはイッペン管理会社に電話で文句言うたことあるんや。自治会通してクビ切るよう言うたってや」  誠治がこのマンションを担当して一年後。前任者と同じく入居者たちの評判によってクビ切りを通告された。 「そういうわけだから荒井さん、出入り禁止になりましたよ。他に仕事あったらいいんですがね、今はどこにも空きがありません。うち来て四年ほどですかね。申し訳ないけど、辞めてもらうしかないですね」 「そんな課長さん、前のマンションでは全然問題なかったじゃないですか。あそこの住人がおかしいんですわ」 「そんなこと言ってもあの人らの払ってる管理費から給料出てるわけですし」 「前の人も一年で切られたんでしょ。ねえ頼んますわ。私、年金だけでは生きていけんのです」 「すんません。他に仕事がないんですって」  ということで、その日のうちに誠治は仕事を失ってしまった。  退職金として渡されたちっぽけな封筒を開けると、一万円札が一枚きり入っていた。府営住宅の我が家に帰っても待つ者はいない。彼はたまに行く駅前の居酒屋に足を向けた。 「あら荒井さん。どうしたの。臨時収入でも入ったん?」  女将はいつも微笑んでいるような目をした六十前の小柄な女で、噂によると独り者だそうだ。しかし七十歳の誠治にはほとんど意味のある話ではない。  客は誰もいないように見えた。 「いろいろあってな、クビになってしもた」 「あれま。確かマンションの管理人さんしてたんですね。わかった、住人さんと何やらやらかしたんでしょ」  誠治はカウンターの中央の椅子に腰掛けた。 「わしはルールどおりにやってただけ。他の連中が過剰サービスしてたってことや。酒。それと何か作ってください」 「おでんでいい?そうなんですか、残念ですね。でもまた仕事探したらええんですわ。荒井さん元気だから」 「いやもう全然あかんで」 「うふ。どこがですか」  七十歳で仕事はまだあるんだろうかと誠治は思った。しかしそのことは口に出さずに黙ってコップに口をつけた。 (おや?)  カウンターの隅に見知らぬ客がいる。灰色のコートに長い髪。男?女?年齢もわからない。だが自分のことをそっと観察しているように思えた。  しかし誠治は無視して、出されたおでんに箸を伸ばした。
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