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 あれは誰だったかな、と誠治は思った。このマンションには四十八室、二百人を越える住人がいて、全員を把握してはいなかった。今の男は遠くに出勤するのだろう、帰りも遅いなら管理人の業務時間にはいないことになる。  誠治はカゴからコンビニ弁当を取り出して喰い始めた。ペットボトルの茶も出した。そのあいだ、ぽつりぽつりと会社勤めと思われる住人が管理人室の前を通り過ぎては外に出ていったが、誠治は気にせず弁当を喰い続けている。  しかしもぐもぐと顎を動かす彼の顔に奇異なことが起きた。彼の左目だけが赤みを帯び、その眼球がまるで目の前を飛ぶ蠅を追うかのように、キョロキョロと動きまわるのだ。しかし異常なのは左目だけで、あとの部位は相変わらずもぐもぐと食事を続けるという奇妙さであった。  誠治の左目は駐車場に並ぶクルマと、そこにやってくる男を見ていた。  マンションから出てきたその男は車庫からネイビーブルーのBMWを出すと、せわしげに乗り込んで発進させた。BMWはギクシャクした動きで敷地の外に出ると、大通りに向かってまっすぐ進んだ。大通りとの交差点の信号は赤。しかしドライバーの踏んだブレーキペダルは無視され、赤信号に向かって加速した。交差点を渡ったところで大型ダンプに側面を衝突され、そのまま押し付けられながら横滑りしていった。  誠治は関心なさそうに二つ目の弁当に手を出している。  その前を今度は石島がやってきた。彼もまた管理人室が開いているのにチラリと目をやったが、すぐに無視して歩き去った。  石島は車庫からアウディを出すと、さっそうと乗り込み、ゆっくりと発進させた。彼もまた大通りに向かってゆっくりとクルマを走らせる。  運転席の石島は交差点で何かが起きているのに気づき、さらにスピードを落とした。信号が青になり、ゆっくり左折する。すると左車線に非常点滅灯を点けたダンプカーが停まっているのが目に入ってきた。ダンプカーの先に無惨な姿の高級セダンがあり、通行人から救出されたのかドライバーが呆然とした様子で道端にへたりこんでいた。 「あッ、松本さんじゃないの!」  石島は事故現場を通り過ぎたところで左車線にクルマを寄せて停車、ドアを開けて勢いよく飛び出したところを、  右車線を走ってきた白のランドクルーザーがアウディのドアごと石島を跳ね飛ばした。  石島はアスファルトに叩きつけられ、即死した。  管理人室の前を通り過ぎていく住人が増えてきた。誠治はちらりと壁の時計に目をやった。朝の七時を回ったところだ。
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