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 それからの三十分が出勤ラッシュだった。ネクタイを付けた男ばかりではない。作業服姿の男女、OL、夫婦で出ていくのも何組かあった。それからランドセルを背負った小学生の姿もあらわれ始めた。  子どもたちに混じって、今岡が洒落たジャケットにノーネクタイでさっそうとやってきた。彼は管理人室の窓から灯りが漏れているのに気づいた。覗き込むように首を曲げて中を見、誠治と目を合わせてしまった。すると彼はすぐに笑顔を作って、 「あ、朝早くからご苦労さん!」  などと言って、玄関の外に消えた。  今岡のレクサスは敷地を出ると、他の車や歩行者とは反対方向、大通りとは逆の方向に頭を向けた。  運転席の今岡は片手でハンドルを握りながら、気にくわない顔でスマホの画面をリズミカルに押して信号を送ると、それを耳にあてた。やがて、 「あ?もしもし田辺さん?なんやあの爺さん。朝も早よから管理人室開けてさ。え?そうです。もう来てますねん、荒井やと思います。はあ、鼻がだらんと垂れてて変になってたんですけどね、多分荒井ですわ。出入り禁止だって管理会社に連絡してくれたんですよね?」  レクサスの走る先にスクールゾーンの標識が立っていたが、今岡は無視して、速度を落とすことなく、走り抜けた。 「そんならすぐに管理会社に連絡してくださいよ。朝っぱらからあいつと顔を合わせて、気分が悪くって仕方ないんだから」  左手に集団登校する小学生の一団が見えた。いくら電話中とはいえ今岡は子どもたちに気づき、ブレーキペダルをそっと踏んだ。が、スピードは落ちるどころか急加速した。 「わッ!ストップ!スト〜ップ!」  ハンドルも制御できなくなったレクサスは、まっすぐ子どもたちに突っ込んでいった。  阿   鼻    叫     喚・・・   今岡は建物にめり込んだレクサスのドアを開けて外に出ると、地獄と化した修羅場に呆然と立ち尽くした。  そこに手の中のスマホの呼び出し音が鳴った。  今岡は無意識のうちに応答ボタンをタップして耳にあてる。すると誠治の声が耳に響いてきた。 「通学路をそんな大きなクルマで走ったら事故になりますよ。はい?事故なんか起きたことないって?そうですか。まあ運転には充分注意してくださいね」  電話を終えた誠治はゆっくり腰を上げて、管理人室を出た。そのまま玄関ドアを抜けて外へ。  外の右手の車庫でもまた大惨事が起きていた。車庫の上段にあったクルマがすべて前のめりに地面に落ちていた。押し潰されている何人かの人影が見える。  子どもたちは怯え、泣き叫んでいたが、誠治は子どもたちに構わずマンションの建物の中に入ると、 「閉まれ」とつぶやいた。  すると自動ドアがゆっくりと閉じられた。
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