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 向日葵も凍っているどころか、冷気にやられて枯れてしまっている事だ。天使と違って彼女は人間なのだから、あの冷たさは今にも手どころか身体全体に冷え切ってしまっているのではないだろうか?  本当はこうして歩いて行くよりも、翼があるのだから飛んで行って、早く助けに行った方が良いんじゃないかと、ふとそんな考えが過ぎる。  ──おいでよ。  誰も言ってないのに、そう呼ぶ声が天使の耳に届いた。そんな気がした、きっと空耳なのかもしれない。辺りを見回しても彼女の姿どころか誰の姿も、天使の目に映る事は無い。  ──あなたはどうしてそう言ったの?  あなたの声の正体を知りたい、肌に触れたい。  その肌に触れた時の温度を知りたい。  天使の中で“知りたい”が募っていく。  彼女の知らない魔法にかかったみたいに時間を気にしている。あの声が聞こえて、どれくらい経っただろう? 取り敢えず七つ数える内にその声の正体を探して見つけてごらんよと、今にもそう話しそうなチェシャ猫はおろか、不思議な国へと誘う白兎も見えないかもしれない。  でもきっとその先に“彼女”が居るかもしれないからと、気付いたら天使は走り出していた。 * * *  雪の上だから走れば転んでしまうなんて、もう分かりきった事だ。二度と転ぶものか。早歩きでそのリズムを意識しながら保とうとする。だけど今は……  灯りが、灯りが。灯りがとても欲しい。  このとてもとても暗い世界で、今にも触れたい“彼女”を見つけるのがとてもとても難しい。  願わくばこの手に“彼女”の情報が一つでも欲しいと願いながら走り続ける。  ──触らせてよ、今。 「……炎魔法が使えたら」  天使は炎魔法が思う様に使えずにいた。詠唱を始めても、小さな灯火すら(おこ)せない。彼女の知る誰かに寄れば、その原因は気持ちの問題だろうと云う。……炎を恐れているから?  他に原因があるだろうかと考えながら走り続ける道中、天使の視界の隅で片方だけの硝子の靴が割り込んで来た。
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