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「あれ、どっちも失くしていない筈なのに……」  彼女の両足に硝子の靴は確かにあった。  いや、そんな事よりも“彼女”だ。彼女の無事が気になるところだ。  ……だけ……に返してよ。  天使の耳に何処からかあの声では無く、別の言葉の声が届いたのを微かに感じ取っていた。 あの声と同じものでは無い事、そして"彼女"の声でもないのを知れば、聞こえない振りをしてただ走って行った。  ──優しい目ね。  そうだ、あの時はそう話す声がしたんだったと天使は思い出した。  真夏の暑い日差しが強く眩しかった日に初めて出会って、“彼女”の方から初めて話し掛けられたのが、そんな言葉だった。  彼女は天使ではあるのだけど、そんな目をしている自覚は無かったし、性格もそんなに優しい訳じゃないし、自分の事ながら天使っぽくないと認めている。しかし“彼女”にそう言われるとは思ってもみなかった事だし、天使は今でも照れ臭いと感じている様だ。  何で態々、冬のとてもとても寒い日の夜に、此処に来たかの言い訳を見つけられたかもしれない。  あの声が聞こえて誘われたから、うん、これで良い筈だ。他の言い訳を探せば、思考の迷宮で彷徨い続けるだけだろう。  そう考えていると、一際大きい氷の塊が視界に入って来た。  灯りが無ければ、氷の塊の様子を隅々まで見るのが難しそうだ。今こそ火が、炎が必要な時なのに何も出来そうに無い天使は途方に暮れる。  そんな時、つい先程の事が彼女の思考の網に引っ掛かった。 「やっ、待てよ。さっき、靴が落ちてたのなら、何か他にも落ちてるかな……」  片方だけの硝子の靴が何処からか転がって来たのなら、何か他に落ちているものがあるかもしれない。名案でも無く、ただ運に任せた……無いものねだりだ。 * * *  硝子の靴が落ちていた所まで引き返す。誰かに拾われていなければ、落ちていたところから動いてる事なんて無い。  ……だけ……に返してよ。
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