プライド

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「ヤマさん、ソイツのレストア(分解整備)、まだやってるんすか」 新入りの整備担当の木下良夫がやってきて、定時をとっく過ぎた整備場の片隅で、マシンのパーツをバラして睨めっこしているヤマさんこと山本源次郎に声をかけた。 山本は整備場の隅っこに長年置かれたままだったそのマシンを甦らそうと、本来の業務時間終了後のこの時間、毎日作業しているのだ。 そのマシン、本来なら更新時期が来た際に廃棄されていたはずのモノ。 でも長年そのマシンの整備に携わってきた山本にとっては、愛着のある一台。 既にそのマシンは一線を退いてから何年も経っているものの、“テスト用”として、そして動かなくなってからは、“部品取り用”として。 ここで長く働く熟練工の山本の立っての願いで、廃棄を免れていたのだ。 「なんでヤマさん、そんなにコイツにこだわるんですか? 年式も古いし、もう走らないと思いますよ」 「んなこたーない。機械だって心がある。整備士がちゃんと愛情込めて労ってやれば、必ずもう一度走れる日が来るさ」 そのマシンに愛着のある山本だが、実は山本は乗ったことは無い。 整備担当者として作業の中で座席に座ったことはあっても、山本が運転者として乗ったことはない。 あくまでも山本は整備担当者であり、ドライバーではない。 「旧式とはいえ、コイツに乗りたい奴はたくさんいるよ。 今の早くてカッコいいのが好きな奴ばかりじゃねえんだ。 かつてこれに乗ってたヤツらも今は偉い人になってる。 そいつらだって、これに乗れば昔を思い出して頑張れるし、ワシらだって嬉しくなる。 そりゃ、この“白と黒のツートンカラー”を嫌だってヤツらもたくさんいる。 でもな、コイツは高度成長期からずっと、影に日向に、日本を支えてきたんだ。 運転してたヤツらも、それを誇りにしてたはずだ。 もうコイツは現役に復帰できねえとしても、昔乗ってたヤツらや、乗ったことのねえ若えヤツらに日本の底力を見せてやるためにも、もう一度命を吹き込んで、動かしてえだけさ」 そう言ってシワだらけの顔をクシャッと緩ませると、山本は木下に“はよ帰れ”とばかりに軽く手を振り、再びマシンと向き合った。
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