The Inherited Children in Cornwall

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イギリスも氷河期世代に相当する人々がいてね、今の50代なんだけども。本当に仕事がなくて海外移民した人もかなりいた。IT業界に流れ着いた人も沢山いて、今の業界のベテランの人がそんな感じ。 そんな中に、俺みたいに日本で生活する子がたまにいて、ジャパニメーションに憧れて独学で学んだりスクールに通って日本語が堪能な人間が流れ着いたのよ。 俺も日本語堪能だったけど、まあ仕事がないわけではないんで、コーンウォールの実家に戻るほど貧乏ではなかった。 ロンドンのソーホーでその日暮らしながらも日本語勉強できたわけだから、結構恵まれていた。そんな俺もブレクジットの影響で失業するのが目に見えてきた。それで国境が閉鎖される前にロンドンを捨てたんだ。 失われた30年って言うけど日本はまだまだお金持ちのイメージがあった。 千葉という地方都市でプラントエンジニアリングの職にありついたんだ。殺風景な倉庫風の部屋にブルーシートを敷いてパイプ机や椅子を並べて古いデスクトップPCから工場の制御サーバーにアクセスして現場監督の言われるまま、即興でプログラムを書く。そんなバイト。九時五時の週休二日制で週五百ポンドになった。その中にイタリア系の女の子が居たんだ。歳は俺と同じぐらい。女子たちの会話をまた聞きしてチェルシーの出身だってことは分かった。 でもその子はお昼ごはんを食べて、その後はすぐ帰ってしまう。 どうしてボッチ(アニメで俺が最後に覚えた日本語)なんだろう、と思ってそれとなく女子たちに探りをいれてみた。 家はどこか、どうして一人で通勤しているのか。詮索されるのが嫌で山ほどある質問を一つに絞った。 女子の一人が「さぁ。夜ご飯も家で食べているんだと思う」というと、そこにいた女の子たちが「あれ?これってもしかして」という顔になった。そして、「そういえばその人はさっきまでここにいた!」と言いながら玄関の方へ向かったので俺たちも慌ててついていったら「あの人だよ」と指を差したのだけれども誰もいなかった。そこにはただ暗い部屋だけが広がっていた。 「…………」全員沈黙してしまっている中、俺が最初に口を開けた。 「もしかして…昔、重病で入院するって言ってたよな」 俺はそのとき、なぜか急に思い出していた。それは俺にとって衝撃的過ぎて忘れていた記憶であったのだが、ふいに蘇ってきていたのだ。 俺はそれを同僚に聞いてみた。なぜ彼女は、自分の意思ではなく家族によって無理やり日本へ来たのだろうかと。俺の母が昔働いていた職場の同僚から聞いたところによると、当時バブルの真っ最中だったそうだ。今思えば、それはまさに泡のように一瞬の出来事であり、魔法のような繁栄だった。 「日本では何百万、何千万円する手術費も国民健康保険でタダ同然になる奇跡みたいな制度がある」 そんな夢のような福祉が外国人にもある。彼女はその恩恵を受けて病気を治したそうだ。 俺が、ちょっと寂しいと思ったのは日本にいたのに、何か別の場所で生活していたと思うようになったからだ。 俺が日本に住むことによって、別の世界に来てしまったのは当然といえば当然だ。 だからよりどころを求めて彼女に接近した。 それが彼女の人生を変えることになろうとはその時は考えていなかった……。 俺は、子供に興味ないけど、無邪気な彼女と一緒にいると、童心に帰る。 夢心地は長く続かなかった。風圧が高まって外国人労働者の在留条件が厳しくなった。 日本で長く生活するには、何か教育の授業を受けることだと、俺は思う。 その中に彼女が入ったのは、たまたまね。 俺はプログラミング技術一本で食っていけるが療養生活の長かった彼女の前で身の振り方を話題にするとなると…。 何か聞いてはいけないことというか……まあ、それは後で聞くことになると思うけどさ、と考えて触れずじまいだ。 それから間もなく俺は工場をやめた。シンガポールのゲームスタジオからお呼びがかかったのだ。 しばらく世界的タイトルの製作に没頭してお役御免になった。 その後、東京に舞い戻って、彼女と初めて会ったのが、某企業の新入社員歓迎会だった。 俺はこの日を待って、彼女の家に向かった。予想通りゲームが大ヒットして持ち家が買えるぐらいの蓄えはあった。 花束と彼女の大好きなワインを贈った。 彼女の家族はあっけに取られつつも、俺のことを「こんにちは」って言ってくれた。 その時点で俺は気づいたよ。 この人、俺の親じゃないの? って。コーンウォールに帰省した気分だ。 「こんちはー」 という挨拶の後、彼女は俺を部屋に招き入れた。 部屋の中で彼女はベッドの上で、漫画本に目を走らせていた。 背表紙はどれもこれも俺がロンドンでむさぼり読んだコミックだ。 彼女は本当に日本の漫画が好きなんだなと思った。 そして、彼女はベッドの上の漫画本を見た。 「うーん。これは面白そうだね」 何を言っているんだろうと、俺は思った。 ガールズコミックなんか趣味じゃないのに。 「何を見てるの?」 彼女がそう言うと、俺は無意識に漫画本のページが開いた。 「あぁ、漫画だけど」 しどろもどろに誤魔化したが、その作品に吸い寄せられていた。 彼女も俺も、何だか読んでいるようだった。 しばらくすると、彼女が話を切り出した。 「今日の夜、暇でしょう。私と映画を見ない?」 「別に俺は暇だけど…映画か…フムン」 生返事をした。正直いって公開中のラインナップも前評判も知らない。 「ふーんそうなんだ? じゃあ、私が付き合ってあげる。映画の話を」 冷汗がたらたらだ。 「お、おう…」 俺がそう言うと、彼女は漫画を開いたまま、しばらく何か考えていた。 「ねぇ、何が目的なの?」 彼女は漫画を閉じて、俺に答えた。 「今は映画よりも何が目的なのか、重要なところだろう?」 「そう。そういう話だね」 「そういう話だと思ったよ。だったら俺は、映画でもいいよ。ほら」 そう言って俺は彼女と2人で映画を見に行くことにした。 「ねぇ、どうだろうね。君のことだから、女子とホラー映画でも観に行けばいいと思ってるんじゃないかな?」 彼女は言った。 「何を言って。俺は本当はホラー映画を観に行くつもりなんてない。でも君となら…」 俺がそう言うと、彼女は笑って、俺を見た。 「まぁ、いいけど。じゃあ映画を観に行こう。 それでいいだろう?」 俺は彼女にそう答えた。 俺は頷くと、彼女と共に映画館に来た。 中に入ると、すでに予告編が始まっていた。イングリッシュの洪水が俺の耳から東京の生活を洗い流す。 コーンウォールなんかドーバー海峡に捨ててきたのに。 するとシステムエンジニアのエリザベスが俺たちの隣に座った。 「それはそうと、何でお前がここにいるんだよ?」 俺が彼女が言うと「男子が一人で見に来る作品じゃないのに、なんで? ねぇ、なんで?」と逆襲される。 何だか急に恥ずかしくなってしまう。 「何か面白そうだったから観ることにしたんだよ」 彼女は、リズの向かって照れくさそうに言う。 「本当はこんな場所にいるはずじゃなかったんだ」 俺は言いようのない場違い感に当惑する。 「私は生きるために来た。こないだの日曜に牧師さんがそういってた。」 「そっか。じゃあ、何で俺は日本に来ちゃったんだろうね」 「君がコーンウォールを嫌っていたからじゃないの?」 彼女は映画を観ている俺に言った。 「残酷な質問だな」 俺はその先は怖くて言えなかった。彼女の一家が俺の親族に酷似してる事を。 「ああ、悪かったね。こんなこと考えて。 でもそれなら君には、まだわからないだろう?」 俺がそう言って、話始める。 幕間の予告編は佳境に入った。新作のSFコメディが名セリフを畳みかける。日本人客たちはワンテンポ遅れた笑いを漏らしているがオリジナル音声はシニカルでシビアでブラックだ。 悪魔祓い師が廃墟で挙式を繰り返すカップルに問いかけている。 ~~~ 「君はいつからここにいるの? 彼女は?」 エクソシストが問い詰める。 「君が産まれる前。その前さ。 まぁ、彼女は私の彼女だけどね」 場面が漂白され、シルエットが語り部となる。 「まあ、そうなるかな。ここは夢の世界さ」 スクリーンの隅に小さく「The Aliens'World」と映り、タイトルバックが流れる。 「ここへ来る前のことが知りたいかい?」 男は答える 「もちろん」 「では語ってやるとしよう」 「あれは私が10代の頃だった。私は田舎町でのんびりと生きていたが、ある年、妹が生まれた。名前はリズと言った」 「リズ?……あのさ。もしかして」 「察しが良いな。そう、お前の妹だ。この世に生まれるべきではなかった娘だ。 なぜなら奴の母親は娼婦であり、私の母だった。」 「私を産んだ女が母親であるのと同時に私の妹であったのだ」 「そんなことはありえないだろう。だって僕は男だし」 「いいえ」 失笑と共にタイトルがフェードアウトする」 ~~~ 客席は本編より盛り上がっている。いったい何が面白いんだろう。 俺は思わず身震いしてしまうような声を発した彼女を覗き見た。 「あなたはこの世界にとって異物です。そして妹の方は……」 「あなたたち二人の血は一滴残らず私に流れ込んでいる」 「この世界においてあなたの家族など存在しない」 「だからもうコーンウォールに帰ってきてもいいのですよ」 彼女は続けざまにそんなことを言うと静かに立ち上がった。 「どうしたんだ」 彼女が俺の手を取った。 その瞬間俺は自分の手を見て震えてしまった。彼女の小さな手に握られた手から伝わるのは自分の脈拍。 「そういうことだったのか……」 異物の話はプログラマーの間でもちょっとした都市伝説になっている。 2012年、コーンウォールのトゥルーロという寒村で翼竜が目撃された。 目撃映像はYouTubeにもアップされているが爪のついた翼を大きく広げて羽ばたきもせず風上に飛んでいる。生物学的にあり得ない動作だ。CGじゃないかという冷静な見方もあるが、ガチなプログラマーたちは捏造説を否定する。 徹夜明けの東の空にシミのような影を見ることがある。 眼精疲労が見せる錯覚とは違う、突き刺さるような殺意。 神経が参ってしまったプログラマーは恐怖のあまり窓の外へ逃げ出そうとするという。もちろん、その先は死だ。 「そうか、わかったぞ。トミーノッカーのしわざか」 俺は祖母に聞かされた戒めを思い出した。コーンウォールの鉱山に巣くう悪質な精霊で文明の利器を邪魔する。特に悪質なテリブルクリークという種は人間の知恵を糧に繁殖する。だからトミーノッカーを追い払うためにテレビやパソコンを置かない家庭もあるという。 それに何はともあれコーンウォールじたいが「異質」なのだ。アングロサクソンがブリテン島を侵略しに来たときケルト人はスコットランドやウェールズに逃げたがコーンウォールの人々は抵抗した。 ゆえにイングランドから異端視されながらも外国に寛容だ。現地には日本語学校も多い。ジャパニメーションも80年代の速いうちに席巻している。 彼女はその時から、何の目的もなしに、日本に来るようになったというのか。 一体、彼女は何のようなのか。 俺にはさっぱりわからなかったのだが、ピースは全てつながった。 「君はトミーノッカーを引き連れて英国を出た…いや、厄介払いされたんだ」 そんなことを片隅に置きつつ本編を見た。銀幕に照らされる彼女の相貌が気になってしかたない。 虚飾と欺瞞に満ちあふれたままストーリーは進んでいく。 画質は古臭い8ミリ撮影を模しており荒く見づらい。 そしてときおり、翼竜のようなシミがスクリーンをよぎる。 見終わった。何もかもが現実離れしていて、上映中は俺の身体がぽっかり遊離していた。五感からの入力がすべて第三者視点になっている。 すべてが他人事でで何もかもが対岸の火事。理解が遅延する。 映画のタイトルが、「異邦人2.0」というタイトルだったことも。 映画自体は面白かったよ。 彼女が、「楽しかった?」と聞いてきた。 「そうだね。とても映画気分で、良かった」 「うん」 彼女は楽々と笑っていた。 本当は1ミリも刺さらなかった。後でわかったことだが、日本語字幕は原作冒涜とも言えるほど酷い改変がなされていた。例えるならシェイクスピアの十二夜でマルヴォ―リオの性別を入れ替えるようなシニカルな笑いを日本人たちは低俗なスラップスティックとして見せられていた。 彼らは異物として邪険にされていた。 そのことに気づいた日本人英語教師らが問題提起したらしい。 ネットの映画評は散々だった。タイトルで検索するとものの見事に炎上している。とうとう上映中止を求めて爆破予告までなされた。 トミーノッカーのしわざだ。 その矛先はゆがみに歪んでついに外国人排斥運動と合流した。そのとばっちりは俺の職場にも来たらしく、契約打ち切りを宣告された。 映画もそうだが、これまで俺に対して怒りをぶつける人間はいなかった。 彼らの怒った様子に彼女が笑う様子を見るのも、はじめてだった。 彼女は、彼女なりに、楽しんでいたということだ。 「GAIJINは出ていけ…か。俺もトミーノッカーに毒されたか」 俺はSIWASUの街でバーボンを煽りながらさ迷っていると意識が飛んだ。 「おい、しっかりしろ!意識があるか?救急車を呼んだぞ!」 遠くの方で誰かの声が聞こえた。どうやら俺はアスファルトの上に倒れていたようだ。俺は頭を押さえて立ち上がろうとした。 視界の左下に黒いシミが広がっている。俺は息を止め、目を凝らす。それはゆっくりと膨張していった。それは次第に形を取り始めた。シミではなく翼竜の形になっていったのだ。 それはトミーノッカーではないだろうか。 同じ日に彼女も解雇通知を食らって泥酔したと聞く。 「あたしも人間やめるみたいね」 そういえば、彼女はこれで、『自分と同じ』に人間をやめることが出来るのかもしれない。 そうして彼女はこんな風にいつの間にか、自分が人間に変わっていくのだろうか。 俺にはとてもではないが、想像することなどできそうもなかった。 けれど、彼女がそういうことをするのが何だか嬉しかったように、俺にも感じてしまう。 外国人排斥運動は日に日に激化し、各国軍は救出作戦を検討し始めた。 結局のところ、俺たちもコーンウォールに戻るしかなさそうだ。 「そうだ。お腹すいた」 彼女は窓の外を見て、そんなことを言った。 彼女の表情がわかりやすいから、俺も気づけたのかも知れない。 そう言われて、俺は彼女の顔を見た。 彼女が何を言おうとしていたのかを。
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