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聖なる夜にくちづけ
クリスマスイブの夜、わたしはワインの試飲サービス係として街頭に立っていた。凍えそうな夜だった。サンタの格好はしないと聞いていたのに、見事なミニスカサンタが仕上がった。
わたしの名前はユキホ。彼氏はいたのよ、今朝まではね。
駅のホームの彼は、今朝はなぜかひとりじゃなかった。
「どうしたの?」
わたしは彼に近づき、後ろから肩をトントンと叩いた。
彼は振り向いた。ん、少し顔が強張っていたかな?きっとわたしの表情が硬かったのだろう。それが彼に伝染したのだ。だって彼、今朝は見知らぬ女と一緒にいたから。
「だれ?」
そう聞いたのは彼の隣に立つ女だった。
「いや、ああ」
彼は前髪をいじりながらわたしと、その女の顔を見比べている。
わたしを見る時は目を細め、その女を見る時は目を丸くした。
「お友達?」
わたしが聞くと彼はうなずき、でもすぐに大きく首を横に振った。
「ねえねえ」
女が彼の袖を摘まんで揺らし、わたしを睨んでいる。
派手で目立つが特に可愛いとは思わない。
わたしはというと、今朝寝坊をしたのですっぴんだ。
恥ずかしいわたしを、彼はきちんと紹介してくれるだろうか。
「あの?」
わたしは頭を掻く彼の顔を覗き込んだ。
彼は瞼をぎゅっと瞑り首をくねくね捻っている。
「はあ……」
溜息をついたのはわたしだ。これまで何度か恋はしたけれど、男はいつも弱々しい。人に遠慮ばかりして自分の意見がいえないのだ。わかった、それならわたしがこの女に伝えてあげよう、そう決めた時、彼が勇気を振り絞った。
「あのね、きみ、いつもホームで見かけるけど」
「なになに良く聞こえないわ」
電車がホームに近づいて来た。その音で声が掻き消されて、
「きみ、だれなの?」
その時、人の波に押され、わたしはホームになぎ倒された。
「え、なになに」
彼を探した。
「あれ?」
彼は事もあろうにホームに転落していた。落ちたことに気づいてないのか、頭から血を流しながら眼鏡を探す動作をしている。周りが騒がしい。汽笛が激しく鳴り響いている。
「もう、聞こえないじゃん」
僕の彼女だと、彼はあのド派手女に紹介したかったはず。
なのに、彼は電車にはねられて死んでしまった。たぶん……
「なんてこった。もう少しだったのに」
立去るわたしの後ろで、あのド派手女が喚いていた。
「あの女が押したのよ」
そんなこと、いってたっけ。
「メリークリスマス」
通行人に差し出すワインが、カップルの腕にあたり零れた。
「えっ、大丈夫?」
女の方が彼氏の洋服を気にしている。
「大丈夫だよ、ごめんね、ありがとう。濡れなかった?」
しかし彼はわたしの服の汚れを気にし、ハンカチを出してくれた。
「平気です」
「ねえ、もう行こう」
女に連れ去られる時、彼は何度もこちらを振り向いた。彼女もわたしを振り返り、彼に耳打ちをしている。
「あの子、すっごいブスだったよね」
「そうだな。スタイルはいいんだけど、顔は隠した方がいいな」
「キモイよねえ」
何を話しているんだろう。わたしの彼を連れてかないで。
「ねえ、こっちだよ」
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